「向こうの景色を見に行こう」

記事
コラム
もう1個のブログにつづった内容です。

その当時はココナラのブログはやっていませんでした。



■「怖い」と戦い続けても―…
2022年06月03日(金)
テーマ:気づき
「怖い」と言う気持ちがずっとありました。

何を選んでもついてくるのです。

どっちかに決めても決まらないのです。

それをどうにかしなければ進めないのかと置いてきぼりになって落ちこぼれているのかと泣きました。

足を引っ張るのは嫌です。

失うのも嫌です。

でも怖いのです。あと一歩まで来て振り出しです。

怖いのです。

失うかもしれないと。

今度こそ死にます。

『自分を愛しなさい』と目にするのです。

なんだかわかりません。

できていないと言ったら過去の私はどうなるのですか?ここまで辛くも楽しく生きてきたのに。

いいものにふれても来たのです。暖かい気持ちです。

どうしろと言うのだろうかと。

でも、『自分に成長出来るチャンスを与えたか?』を問われたその通りです。『それが愛だ』と言うのです。

いつだって私は私でした。

だから私は進みました。

いつもと違うけれど無視できないもの。

それは進むのが本当に嫌でした。

とても人には見せられないと醜くあがいている自分がいること。

私は自分の見て欲しい所だけ、見てもらいたいと思っていました。

都合の悪いことを隠す。そうではありませんでした。

それは駄目です。

そしてどこか少し、自分を許しました。たぶんそうだったのだろうと思います。

そこに憧れを持った自分の気持ちに。

そこでも挑戦は続きました。

でも 「怖い」と言う気持ちに、
『「怖いものは怖い」感情に蓋をしなくていい。否定しなくていい。認めてあげるといずれ落ち着く』
と、教えてもらえました。

道を振り返ります。

どうしても忘れられないモノ。

頭から離れないこと。

本当はすべてを知っているような気さえします。

いつだって逃げてきたのかと。

また怖くなってきます。

でも「あなたが好き」な気持ちを持つことに資格はいらない、それを思う気持ちだけは誰にも邪魔できない。と。

それは善にも悪にも区別されない。神も常識も承認も必要ない。私の心だけ。

私だけが知っている。

「あなたを愛している」

…それだけあれば生きていけると、思ったほどです。

なんだかとてつもない遠回りをしてきた気分です。

しかたありません、私はそのままではダメだったのです。

何が起きたのだろうかと、なんだったのだろうかともう笑えるほどです。

ちょっと消えたくなります。

誰かに笑われているような気さえしてきます。

やっぱり怖いです。

どうしてそうなったのだろうかと考えました。

きっかけのきっかけは忘れられません。

でも遠ざけていました。

だけどなんだか落ち着いてまた、目にすることができるようになった気分です。

『まだ戦いたいですか?』 と問われます。

そんなことが書いてあったのかと。一度はこれを読んでいるはずではないのかと。

…そう言えば『手放していい』といつでも言われてきました。

私はまだそれを、続けたいのかと。「怖い」を感じ続けたいのか。と。

『選択は自由である』

もう愛があることは知っています。

…なんだか忘れさせてくれません…。

私は先に進むことで、逃げ道を塞いでいました。

逃げてはいけないと思いながら。

戻ってもいけないと思っていました。

立ち止まると離れてしまう気がして、何かに向かう姿勢だけでも見せたいとあがきます。

自分で決めたいと思いながら決められずに泣きました。

だって、失っていいように生きてきたのです。

「…もう、ここにいなくていい」

そんな気がしました。

顔を上げたら向こうで手を振られているような気もします。

「向こうの景色を見に行こう」

<終わり>でも<はじまり>でも<逃げる>でも<進む>でも<戻る>でも<諦める>でも<失う>でも<手に入れる>でも<捨てる>でもなんでもありません。

もう、そこにいなくていいような感じです。

『恐れずにドアを閉め、次のドアに進んで~』

そう言われるとぴったりな気もします。

『―愛しているー』とそれは言います。

私の人生は続いています。

現実に何か変わったかと言うと明日も同じです。

何もないのになぜかすべてを持っている私です。

でもたった1つがないのです。

私は、どんな旅の結末を迎えるのでしょうか?

まだわかりません。

話は今まで以上に続いて行くようです。

でもまずは、
「向こうの景色を見に行こう」
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