私には厳しいことを言ってくれる人もいました。

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伯母が「弟(私にとっての父です)は早死にすると思っている」と言うのです。


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中学校の時、母が突発で事故に遭いました。
入院して退院、リハビリでそれは治ったのですが、別の病気が発覚しました。
以後、通院、入退院を繰り返すことになります。
それもあって最終的に離婚になりましたが、別居を経て実際の離婚は私が二十歳の時になりました。

母は専業主婦でした。
いないので、生活のための家事を家族で分担しました。
洗濯、お風呂掃除、ゴミ捨て、皿洗い、食事作り、お弁当作り。
まぁ、なんかいろいろです。
部屋の掃除はもちろん自分です。

高校生に上がったら毎日のノルマが増えました。
それにはちょっと腹も立ちました。
同時に、母は完全に別居になりました。
本格的に、母のいない生活に切り替わっていきました。


大学生の時です。
どうしてもやりたくなくて、一切の家事手伝いを止めました。
家族は何も言いません。
しろ。とも。
しなくていい。とも。
何も言わないのです。
怒りもしません。

私は自分に自分の時間を使いながら、だんだん。
そこに自分はいないような気持ちになっていきました。
いないように扱われているのではないのです。
でも、どこにも身の置き場がないような、居場所がないような気持ちになりました。
家族の一員ではないような気分です。


その頃だったのかわかりません。
伯母と電話で話をしました。

伯母は父の姉で、父がどうしても母がいない生活を回すのが大変な頃、助けを求めていたのです。
それで私が中学生だったか高校生の頃だったか、うちにきて、共に生活をしました。
お掃除とかお料理とか、色々教えてもらいました。
いろんな話もしました。

伯母は自分では家政婦ではない。と、来て数日で私たちに宣言しました。
伯母はあくまで、父を助けにきたのだ。と。
母の代わりではないんだと、私はハッとしました。
それで、伯母との仲は最初ちょっと険悪になりかけましたが、そうはなりませんでした。
我が家では最終的に食事を作る人間が大将になるのです。
伯母もそれは感じたそうです。
どうにも、なんだか伯母には逆らえない。と言う気持ちにもなりました。

伯母も都合もあり、期日が来て帰ってしまいました。
でも、また、来てくれました。
もう伯母も私の家族です。
私は楽しかったのです。


ただ、私が大学生で一切の家事手伝いをしなかった頃は伯母は家にはいませんでした。
その時、それを電話で話したのかどうかはもう覚えていません。

伯母は言いました
「うちの弟は、早死にすると思っている」と。
何かと言うと、
「父親と母親。2つの役割をこなしている。だから早死にするのだ。と、覚悟している」と。

それがきっかけだったのかはわかりません。
私はまた、家事手伝いをしました。
それから、ずっと。


一時は独り暮らしをしていました。
最初は時々帰ってくることもありましたし、あんまり帰らないで一人暮らしを満喫もしました。

今は父と2人です。
まぁ、いろいろあります。が、なんとなくうまいこと暮らしています。
伯母にも時々連絡をして、いろんな話をします。伯母の家にもまた、遊びに行きたいです。
母とも、最近連絡が取れるようになりました。こっちは、まだまだこれからです。


私には厳しいことを言ってくれる人もいました。

きっと、これからも。


そんなお話です。
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