新しい世界には不要な気がします。
心配はいりません。
GESARA/NESARA(日本版 JESARA)がはじまれば、生活費は神様が下さいます。
それまでは食い繋ぎましょう。
修行し直してこい。←
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昨日の今日で何を書いたものか考えていました。
私はMかSで言うなら、魂はSかなと思います。
だって、自身に対して成長のチャンスをここまで与えることができるなんて、それは誇らしいことではありませんか?
魂は苦痛を知らなったはずです。
永遠の至福の中にいられるのです。
そこから出て自身の成長のために、自らにチャンスを与えた。
そして、それは神様に許された。
だからこそ神様は見守って下さるのです。
神様は、転んだら痛いと知っているのです。
転ばなくていい至福の世界にいた魂が、転んで泣いていたら悲しいはずです。
でも、それが本人の望みなのです。
だからこそ。
神様は舞台を整えて下さっているのです。
お互いがお互いの経験として。
本人の望みを叶えたいと。
私は神様に答えたいのです。
自らに与えた成長のチャンスに答えたいのです。
私は神様と対等でいたいのです。
だって、私であるがゆえの私の望みを叶えてもらってここにいるのです。
それが、「私の望み」なのです。
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私はなんだか、「-1」を目指している気分でした。
詳しくここに綴りました。
だって、私はずっと自らの過去を追いかけ続けました。
ツインレイとは言いたくなくて「≒(ニアリーイコール)」とまで言っています。
ツインレイの相手との間には決定的な違いがあります。
男女の違いです。
あ、同性である場合や、相手が死別していると言う場合については、このブログは私が私を述べるものなので、述べられません。
私は勝手に想像で同性ツインレイや死別したツインレイの話をする訳にはいかないのです。
ご理解いただけると助かります。
話を戻します。
私は女性で、私のツインレイは男性です。
だから、2つに分かれた存在でありながら、どこかに分かり合えないモノ(男女の差)も存在している。
それが役割の違いであり、2つに分かれた理由であり、学びなのだろう。と。
当時ここまで説明できるほどではありませんでしたが、とにかくなんとなく感じていたそれで、「≒(ニアリーイコール)…ほぼ同じ。 」を持ってきました。
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過去を追いかけ続けた私が見つけたのは「ツインレイ」と言う言葉のはじまりです。
そこにすべてがありました。
私たちは今急に発生した訳ではないのです。
いくら文明を何度滅ぼされようと、私たちには歴史があって、かつ過去から続いてきた歴史があるのです。
だいたい、元をたどれば私たちは神なのです。
新しく生み出すのが駄目だと言っているのではありません。
でも、アナタに都合よく生み出したそれを、誰かを糾弾することに使ってはいませんか?
それは、アナタがアナタ自身のハイヤーセルフを信用できなくなるようなものになってはいませんか?
私は何も神様の言葉を新しくおろした訳ではありません。
目に見えない何かの存在は、何も聞こえませんし、見えることもありません。
今回だってすでにおろされている情報です。
「Enter the Divine Twin Ray Reunions」(神のツインレイ統合へのいざない)
A message from Sananda
channeled by Lisa J. Smith
は、1999年の1月からあるのです。
過去をずっと羨み続ける私が、ツインレイのはじまりはなんだったのだろうか? と辿ってみただけです。
…
【意訳】神のツインレイ統合へのいざない「Enter the Divine Twin Ray Reunions」
https://coconala.com/blogs/2997019/255845
私たちは神からはじまっているのです。
私が「-1」を目指していたことも、私には間違いではなかったのか。と言う気分です。
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2021年の11月の終わりです。
私はどうしても辛くなって、夢の中で神様に殴り込みに行ったんです。
夢の中であってもどうしてそんなことできたのかわかりません。
私は神様の謁見室のようなところに殴り込んで行って、足元で喚き散らして、当たり散らして、散々な愚痴をぶちまけて、最後に言いました。
「どうして私の願いを叶えてくれたんだ!?」
と。
神様はずっと、黙って聞いていました。人型のようでした。顔までは見えませんが、口元は少し、微笑んでもいるよう(そんな気がするだけ)で、決して邪険にはしていませんでした。
だから私は心の底からずっと、私は今辛いんだと訴え続けました。
神様はずっと、黙って私の話を聞いてくれていました。
最後に、私が問いかけるまで。
言われたのです。
<それが貴女の、望みだったからです。>
と。
目が覚めました。
私は、私の人生を歩んでいいんだな。と思いました。
それは、誰かから奪ったものではないんだな。と。誰かのチケットを奪ってこの場所にいる訳じゃないんだな。
神様は、私だったから、私の望みを叶えてくれたんだな。
私が、私だったから。
だから神様は私の望みを叶えてくれたんだな。
***
私は2021年の12月から別のブログを綴っていましたが、とある日まで決して「ツインレイ」と言う言葉は使いませんでした。
なんだか、それを言ったら逃れられないような気がしたのです。
それを名乗るなら、一生の何かを背負う覚悟を持つ必要があるとまで思っていました。
ここで、私はツインレイを名乗ろうと決めて記事を書きました。
それで今に至ります。
私には私の選択がある。
私は、あとでそれを消したところで、それを自分がしたと言う事実は消えない。と思っている。
それだけです。
このブログから離れる日がいつか、くるのか。それはわかりません。
私は、自分の未来はわからないのです。