医者の貴方が好きなのか。
好きになった人が医者なのか。
貴方は医者ではありません。
例えです。
でも、「世直し」と言う意味で考えたら、広い意味で私たちは医者なのかもしれません。
余談です。
お話がうまくできないと思います。
色んなことが繋がっている気がするからです。
でも、発信が必要な事柄な気がします。
まぁ、貴方はきっと理解してくださいます。
と、言う前提で書きます。
私はツインレイと言うものを知り。相手が貴方である。と考えた時。
「いや、釣り合わないでしょ。」と、最初否定しました。
いろいろあって、最終的に、私は貴方が好きな訳で、貴方を取り巻く事柄や今手元にあるものや肩書は関係ないんだ。
貴方が医者だから好きなんじゃない。
私の好きな人が医者であるだけだ。と、考えられるようになりました。
どうやら話はここで終わらなかったようです。
私はなぜ「釣り合わない」と思ったのか。
その思考の原因がわかったような気がします。
お金です。
「生きていくにはお金が必要である」と言う洗脳です。
「お金がなければ生きていけない世界」では、この世のトップが儲かるのです。税金とかいろいろありますが。私たちは使い捨てられるのです。
そこら辺は悪魔の所業です。この世の裏側です。
なるべく結論から述べるようにしています。
まぁ、他人に理解されなくてもいいか。
続けます。
先月、近所の方がやってきました。
パソコンが苦手で、自治会で使う資料を1枚作成して欲しいと頼まれました。
わかりました。
さくっと作って(エクセルで表を作り、必要な氏名を入力する感じです)お渡ししました。
よろこばれました。
でもまぁ、すっかり、忘れていました。
私にはその程度のことだったのです。
昨日、父がその方からお菓子を頂いた。と言うのです。
甘くておいしいやつです。
その方はご夫婦2人なのですが、そちらの家庭では食べないそうです。
もともとは頂き物だそうです。
わーいわーい。
美味しい。
もくもくと食べながら(一度に3つも食べていました。贅沢ですね)、「お金に困らない生活って、こんな感じか?」とふと思いました。
詳細は省きますが、生きているだけで生活に困らないだけのお金が手に入る世の中が来るのです。
そうなった時、交換するのは心です。
このお菓子は、私が資料を作ったお礼なのです。
「資料作成=お菓子」
一件、関係ありません。
でも、私は資料作成の対価として、美味しいお菓子を頂いたのです。これは対等なのです。
私にそれを頼んだ方はとても助かったのでしょう。
わざわざお菓子をくださったのです。
もちろん。本人が食べない。と言うのも理由の1つではあります。
でも、他の誰でもない私に下さった。と言う事は、それがその方の気持ちなのです。
私はお金を介することなく、労働の対価として、美味しいお菓子を手に入れられる。
それで生活が成り立つのではないでしょうか?
と、思うのも別件の実績があるのです。
私は白い着物を手に入れる予定があります、青い子猫のマスコットも頂きました。
これは私のアイディアに感激した方が、ぜひ貴女に。と私に下さるのです。
私は自分のアイディアをお金にするのではなく、物を手に入れる。
そこで交換されるのは心です。
それが「私が欲しい」、と思っているものかと言うと、まぁちょっと違います。
でも、突き詰めていけばそれで生活できそうな気がするのです。
お金が生まれる前は物々交換で世の中は成り立っていたそうです。
一方が余っているものを、必要としている一方が貰っていく。
互いがそれで成り立つ。
そんな感じだったそうです。
話を貴方に戻します。
私はなぜ、「貴方とは釣り合わない」と考えたのか。
それは、「必要な対価を支払わなければ手に入らない」と言うお金でやり取りされる世の仕組みから来たのではないか?
100万円の宝石が欲しければ、私は100万円持っていなければなりません。
そうでなければ、その宝石は買えません。
つまり、その宝石を買う資格は得られないのです。
だから私は最初、貴方と私は釣り合わない。と考えたのだ。
と、思いました。
……。たぶん、あっているはずです。
私は「貴方と釣り合う女になりたい」とも考えました。
でも、考えれば「じゃぁどうなれば釣り合うのか」「どこがゴールなのか」はわからなかったです。
私のお金の学びは大きく2回ありました。
・お金に対する洗脳
・「私であればいい」の確立
おそらく私の中でこの辺の話がごっちゃになっていたせいだと思います。
細かく言うともっとあるのでしょうが、省きます。
1回目は、お金に困らない世の中が来ると知って、じゃぁと貯金をはたき口座の残高が20万円近くになるまで買い物をしました。
その時、これだけ使おうと決めた合計金額にも意味がありました。
まぁそれは、臨時収入の当てがあったからできたことです。
大丈夫だと思いますが、ご利用は計画的にです。
私は極端な女です。真似しないようにしましょう。
2回目は臨時収入(1回目の金額より多い……)を得たので、またまた買い物をしました。旅行にも行きました。
そもそもの私の貯金額に対するツッコミは受け付けません。
ちなみに、この臨時収入はおそらく1回限りのカードです。同じことが起こるとは思えません。
私が仕事で何か稼いだ訳ではありません。言うならば偶然のようなものです。
ぶっちゃけちゃうと慰謝料です。
私はバイクにひかれただけです。
あ、ご心配なく、事故に遭う前よりなんだか元気です。
でも狙って事故に遭うのは止めましょう。五体満足でいられる保証はありません。
現在の口座の残高ですか?
……。
お給料3か月分くらいです。←
この歳で、全財産それ……。
ま、まぁ親のすねをかじって生きている実家暮らしの独身です。
大丈夫、なんとかなる。
そして、学びの2回目からなんだかおかしいことが起こりはじめました。
「貴女に買って欲しい」と、言われるのです。
「リクエストはありませんか?」とも聞かれました。
店主が客を選ぶ……。
でも、考えたらそうなってもいいはずです。
お金がないと生活に困るから、売る。のであれば客は選べません。
でも、お金に困らない世界では、必要な人にそれが渡るのです。
店主が客を選んでもいいはずです。
……私は未来を先取りしているのでしょうか……?
ちなみに、「貴女に買って欲しい」ノルマが現在2つあります。
いやちょっとさぁ……さすがに口座の残高とほぼ同じ金額のそれはちょっと……。あえて買わなくてもいい気がするんだよなぁ……。それかいつか余裕ができた時、とか。
もう1個はカードで2回払いにすればいけるかな? そっちは欲しいんだよなぁ……。
あ、あとリクエストは結果待ちです。これは買います。
って、私はいったい何者だ。
あえてそれは無くても生きていけるわ。
ちなみに、親に言わせると「いいお客さんだね」と言う感じです。
まぁ客観的には「良いカモ」と言われるものかもしれません。
でも、私はそこに店主の心を感じるのです。
ただ、売れればいい。と言うものではなくて、「それを見た時になんだか私の顔が浮かんだ、だから貴女に売りたい」と。
今、私は学びの3回目でしょうか?
「欲しい物を手に入れるためには、同等の対価を支払わなければならない」からくる、「私が貴方とは釣り合うはずがない」と思った思考との。
もちろん、それがすべてとは言いません。でも、お金に対する洗脳がそこにあったのだ。とは思います。
そして、「私は貴方と釣り合いたい」とも考えました。
貴方を諦め切れなかったからです。まぁ、忘れさせてくれなかったでしょうけど……。
それは同時進行で進む中で解消されたのですが、詰まるところ私は私として存在しています。
私が私であればいい。
私は医者の奥さんになるために、今から医者になる必要はないのです(これは例えです)。
と言うか、ある意味ではすでに貴方の奥さんになるだけのポテンシャルは有しているのです。
「貴方と対等でいられる」と言う、それです。
この辺の話は感覚のそれです。
そして、私たちは一緒に生活しても困らないはずです。そんな気がするのです(言うならば、「地獄について行かされても困らない」と言うような話です)。
「だから私だったのか」と思えることもありました。
この辺はどこかに書いたか? 書いたような……。直接的にその説明ではないのか?
詰まるところ、同時進行で総合的に進んでいるのです。
お金の話に戻ります。
もちろん、原価や儲けに対して金額の設定は必要です。
今のところ必要な物を手に入れるためにはお金が必要だからです。
うちの父は家賃を徴収するのです。っけ。
税金も支払う必要があります。生活に必要な物は購入します。
生きていくのにお金はいります。
でも、その思考はどこか私たちの心を蝕んでいるのだ。
私はそう思いました。