嫌われるのは悲しいけれど・・・悲しまなくなった話

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先日、とある人に会った時、ちょっとしつこく言われたことがありました。

今までの私なら「鬱陶しいなー」とイラッとしてましたが、、、

そうかぁ〜

と思ったくらいでした。

と言うか、あまりにしつこくてどう言う反応をしたらいいのか?顔が引きつったけど(笑)

それに、相手の人ビール飲んでたし。

とは言え「そうかぁ〜」と思いつつも、ちょっとしつこいなぁとも思ったのです。

でも、その時に「この人が言いたい気持ちは相手の持ち物だ」と、その気持ちは誰の持ち物?で考えてみたら、もうスッキリ。

だって、自分の持ち物じゃないなら私にはどうにもできないんです。どうにもできないのに悶々としてても何にもできない。

それなのにそこに立ち止まってても何も始まらないと思ったら、考える必要はもうないんだと分かります。

それどころか、そう言わせた自分の行動を振り返りました。

そういう行動を取ってはいけないと思っていたのに、いつのまにか私はその人が言いたくなるような行動をしてたんだなって気づいて、今後気をつけようって素直に思えました^ ^

私に教えてくれたんやなぁって。

相手の心理分析をちょっとしてみたら、「なぜお前は〇〇しないんだ。なんでそんな対応なんだ」と思ったのじゃないかと思いました。その人はそう思っている事に自分でも気づかないから、しつこく何度も私に違う言い方で指摘をしていた。

指摘をしていたことは本当にその人が言いたかったことではなく、私の対応に苦言を呈していたんだなぁって思いました。

私が大切にしていたことなのに忘れてしまっていたこと。それを思い出させてもらいました^ ^

さて、今日は「人間関係に悩まなくなった10のこと」のうちの6個目

嫌われるのは悲しいけれど、嫌わないでほしいと伝えたとしても人を変えることはできないのだから悩んでも無駄

です。

この考えは私が気づいたことからです。だけど、すべての人がこう考えたら楽になるって言う話ではないです^ ^

無駄とか言うとクールにスパンと切っちゃう感じがしますが。正直
嫌われるって悲しいし寂しい

って思います。

自分がその相手を好きだったり、気に入ってたり尊敬してたり、いい関係を築きたいと思う相手だったら余計に。

だけど、どうにもできないって思ったんです。

自分がどう頑張ろうがどうしようが、人の気持ちを変えることはできないから悩んでもどうにもならないんだなって。

自分にできることは、相手の気持ちはどうあれ自分が相手をどう思うか?それを自分が決めその通りにすることだけ。

わかって欲しいと必死になろうが相手がどう思うかがすべてなので、自分の望む結果になるかならないかは自分ではどうにもできないんです。

例えば、やっかみや妬みで嫌って来たとします。どんなに関係を良くしようと親切にしたりわかり合おうと話をしたりしても、相手はやっかんでるんだから「そうかぁ、いい人なんだね」なんて思うわけがありません。笑

例えば、自分がすべて正しいと思ってる人が嫌って来たとします。

どんなにわかり合おうと話をしたって自分が正しいと思ってるから、納得はしないしもしかしたら余計嫌われます。

もし、とりあえず言うてる事に賛同してるようにしていい関係を築こうと思っても、全て自分が正しい人に常に全てを合わせているなんて拷問です。それに自分の意見になびく人だと思わせちゃったら、違いが出た時に、「あなた間違ってる!」と常に言われる可能性は大です。

あー面倒臭い

そうそう考えると、自分が楽でいられる自然が一番だし、自分を人がどう思うかもその自然任せればいい。

人それぞれが持つ価値観や考えや思いはバラバラだから、その中で私を良しとしてくれる人と関係性を深めたらいい。

私を嫌いな人に何を言おうが、理由を聞いて謝ろうが、相手が持ってるレッテルを私が剥がすことは不可能です。

相手の持ってるレッテルは相手にしか剥がせません。

そしてそのレッテルを剥がそうと必死になったところで剥がせるかどうかもわからないなら?無駄な労力や無駄に心を傷つけて削る必要はないんですよね^ ^

私はそんなふうに思えるようになってから、すごーく楽になりました♪

読んでくれてありがとうございます

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