本日も記事をご覧いただきありがとうございます。
前回のあらすじ。
道に迷い、途方にくれて歩いていた大山ひろ。
そこに現れた謎の老人の正体とは??
「こんにちは!」
第一村人発見!
ぐらいのテンションで目の前の老人に声をかける。
「こんにちは」
にっこりと笑ってくれた。道を聞けそうな雰囲気。
「すいません。今来られた道を行くと、どちらに行けるんでしょうか?」
「雨ヶ峠の方だよ」
雨ヶ峠!!
良かった。
知ってる道に戻ることができる。
「どうかしたの?」
「いえ、何か道に迷ったみたいで不安になってたんで」
正直に伝えてみる。
「ああ、大丈夫大丈夫。迷いそうな所はどこも看板あるから。ちゃんと見てれば問題ないよ」
「ありがとうございます!」
優しい方で本当に良かった。
お礼を伝えて再び歩き始める。
「やっぱり、全然大丈夫だったな」
一時は遭難まで考えた僕の心に、不安は一切なくなった。
「世の中に存在する不安の90%は起こらない」
という話を本で見たことがある。
簡単にお伝えすると、人間を苦しめるのは、
「出来事が起こる事実」
ではなく、
「出来事が起こる事に対する不安」
という説。
例えば、恋愛関係。
「あなた浮気したでしょ!」
と彼女が疑問に思ったとする。
彼女は彼氏が浮気をしたという事実。ではなく、不安に対して腹を立てる。
一方の男性は、
「俺はしてないよ」
と言い続ける。事実、彼は浮気をしていなかった。
しかし、不安に取り憑かれた彼女は、彼に優しく接することも少なくなり、ただただ疑いの目を向け続ける。
一方彼氏は、好きになった当時の彼女とは異なる発言、疑いに戸惑いを感じ始める。
そして、彼自身も関係を続けられるかどうか不安になってくる。
「彼が浮気をしていない」
その事実に彼女がようやく気づき、いつもの自分に戻った時。彼女は彼に歩み寄るが、彼との心の距離は離れていく。
もともと「浮気」という事実はなかったのに、不安を抱えたばっかりにうまくいかなかったケース。
事実に対するものの見方を変えるだけで、人は異なった行動を取ってしまう。
最初に不安を消しておいて本当に良かった。
「雨ヶ峠」
という看板を再び発見。
やった。
僕は再び下山を始めたのでした。。
追伸
ちなみに今回のお話。
彼女の心に芽生えた、
「彼氏が浮気してるんじゃないか」
という気持ちの原因は、友人の彼氏が浮気をしていたという話を聞いたのがキッカケ。
人は楽しく交際していても、ちょっとした情報をキッカケにおかしくなることがあります。
これは仕事も同様です。
人の事、人の情報に目を向けるよりも、
自分の人生を一生懸命生きる。
これが大切なのかもしれないですね。