イソップ童話の素朴な疑問

イソップ童話の素朴な疑問

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本日も記事をご覧いただきありがとうございます。

道に迷って冷静さを取り戻した僕は、歩いてきた道のりを引き返す。

これが最も安全な方法。

歩いてきた道を戻れば、見覚えのある道に出れば、いくらでもやり直しはきく。

そう考えると大した問題でもない。

そろそろ楽しいことを考えよう。

最近読んでいたイソップ物語について考える。

山の中でのエピソードと言えば、

「ヘルメースと木こり」

山の中で木を切っていた木こりは、ふとした事から斧を泉に落としてしまいました。

途方にくれていた木こりはその時、驚くべき光景を目にします。

泉からヘルメース神。泉の精が現れたのです。

泉の精はたずねました。

「あなたが落としたのはこの金の斧ですか?」

木こりは答えます。

「私が落としたのは、そんな立派な金の斧ではございません」

泉の精が再びたずねます。

「では、この銀の斧ですか?」

木こりは答えます。

「いえいえ。銀の斧でもございません」

泉の精は再び口を開きます。

「そうですか、間違えました」

泉の精は深き泉の底へと消えていったのでした。。







「いやいや、なんでやねん!!」

自分で作った結末に、思わずツッコミを入れてしまう。

そもそも泉の精はなんで、木の斧しか拾ってないのに、金の斧と銀の斧を木こりに見せたんだろう。

神様は人を試すようなエピソードが数多く存在するが、そんなに暇なのだろうか。

それとも、

神様同士で賭け事をしているとか。

木こりが泉の精に話しかけているすぐ横で、

「ほら、俺の言った通りだろ!」
「木こりもなんで正直に言うんだよ!」

みたいなギャラリーが存在するのだろうか。

子どもの頃は当たり前に受け入れられていた事実が、大人になるにつれて、疑念へと変わっていく。

「ああ、大人になるってこういう事なんだな」

冷静に分析すると笑えてくる。




日本の場合はどうなんだろう。

ギリシャには泉の精はいそうだけど、日本の山だったら。

いるとしたら、




ん!!?




人の気配。

目の前から白い髪のおじいさんがこちらに歩いてくる!!

「仙人だ!!」

僕は思わず老人に駆け寄ったのでした。




追伸
 もともとイソップ物語は、人々に人生の教訓をわかりやすく伝えるために作られたお話です。

「人にわかりやすく伝える」

というのは僕にとってのテーマの1つでもあるので、時々読み返すようにしています。

まさかそのイソップ物語が山登りに役立つとは。

長く生きていると色んな事がありますね。

ちなみに六甲山にあるのは、泉ではなく「横池」です。

皆さん、お間違えのないように。





















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