今日もブログをご覧いただきありがとうございます。
何でも会議にかけて議論して決めようというのは、健全な組織のように思えてきます。しかし、そこに大きな落とし穴があるのです。実際のところ、これまで起こった企業の不祥事や誤った方向転換は、個人の独断で行われたものではなく、正式な手順を踏んで決定されたことが多いというのが事実です。
会議でみんなで話し合えば、おかしな決定は避けられるというのは間違いなのです。逆にみんなで話し合うとおかしな決定になってしまうのです。会議だからこそ、いい加減な案件でも通ってしまうのです。その理由の一つは責任の所在です。「会議で決まった通りにやっている」ということで誰もが「自分の責任で行動している」という当事者意識を持っていないということです。会議で決められたとおりに行動して支障が出ても、「会議で決まったことだから」と誰も考え直したり修正・改善したりしないままに進め、さらに傷口を大きくしてしまいます。
このように、会議にかけることで責任の所在があいまいになり、おかしなことが通りやすくなるのです。会議で話し合って決めたという体裁をとれば、当事者意識が希薄になって何かマズいことが起こっても、自分の責任ではないと気楽にいられるのです。こうした責任の分散心理が無責任体質を生み出します。日本の企業では下から上まで書類が回るにつれて決裁印が押されていきます。それにつれて責任が分散し、誰もが自分が決めたという意識を持たなくなるのです。
また、会議では、提案者の力関係が影響し、いい加減な案件も他の参加者が忖度して通ってしまうことが往々にしてあります。そして提案者自身も「会議で決まったこと」と自らの責任を持たなくなってしまいます。
みんなが責任感を持って仕事をするには、自己責任という当事者意識が必要なことは言うまでもありません。そのためには、何でも会議で決めるのではなく、現場に一定の決定権を与える方が望ましいということもあるのです。
現場にある程度の決定権を与えると、現場のメンバーがやる気になり成果が上がりますし、現場のメンバーも責任感を持つようになり成長します。
会議は意思決定の遅延と無責任を生むだけです。スピードが要求されるグローバルビジネスの世界では、会議で根回しを行うよりも責任者の意思決定で物事を進める方が迅速な対応が可能となり競争にも打ち勝つことができることも多いと思います。
重要なのは、あれもこれも会議にかけて決めるのではなく、会議にかけて決めることと責任者の判断と責任の下で行うこととを明確に決めることです。
そうすることで、非効率で無駄な会議をなくすことができ、無駄な時間と労力の浪費を避けることができると思います。