「なんで返信こないんやろ」
「今誰とおるんやろ」
「私のこと好きなんかな」
「なんで前みたいじゃなくなったんやろ」
昔の私は、気付けばいつも誰かのことで頭がいっぱいだった。
好きになると、その人が自分の世界の中心になる。
スマホが鳴れば嬉しくて、返事が遅ければ不安になる。ストーリーの閲覧履歴を見たり、何気ない一言を深読みしたり。
好きだから気になる。
好きだから不安になる。
当時はそれを「愛」だと思っていた。
でも今思えば、あれは愛というより「執着」だったのかもしれない。
執着している時って、実は相手を見ているようで見ていない。
見ているのは、自分の不安。
「離れていかないで」
「私だけを見て」
「安心させて」
気付かないうちに、自分の心の穴を相手に埋めてもらおうとしていた。
でも人って不思議で、握れば握るほど離れていく。
逆に、自分の人生を楽しんでいる人には自然と人が集まる。
私は少しずつ考え方を変えた。
相手をコントロールすることをやめて、自分の人生に目を向けてみた。
ジムに行く。
ゴルフをする。
好きな場所へ行く。
子どもと笑う。
新しいことを始める。
自分の好きな服を着る。
最初は正直、「自分磨きしたら忘れられるかも」くらいの気持ちだった。
でも続けているうちに、変わったのは見た目じゃなかった。
心だった。
誰かから連絡が来るか来ないかで、自分の価値を決めなくなった。
誰かに愛されることで、自分を証明しなくなった。
自分で自分を満たせるようになると、不思議なくらい楽になった。
そして皮肉なことに、追いかけるのをやめた頃から、人との関係は前よりうまくいくようになった。
人は「追われる人」より、「自分の人生を楽しんでいる人」に惹かれる。
だからもし今、誰かに執着して苦しいなら。
相手を変えようとしなくていい。
連絡頻度を変えなくていい。
気持ちを無理に確認しなくていい。
そのエネルギーを少しだけ、自分に使ってみてほしい。
いつか気付く。
誰かを失わないように必死だった自分より、笑って毎日を楽しんでいる自分の方が、ずっと魅力的だったことに。
そして、その時にはもう——
追いかけなくても、人が集まる人になっている。