机の中には、しわくちゃの封筒が一つ。
折り目の数だけ、ためらった証拠が残っていた。
封も切らず、宛名も書けず、
ただ日付だけが増えていく――そんな手紙。
親愛なるあなたへ。
この手紙が濡れたら、
きっと文字がにじんで、言葉が消えてしまうでしょう。
だから私は、あの日、傘を二本持っていきました。
一つは、誰かを守るために。
もう一つは、この手紙を守るために。
本当はどちらも、私の心を守るための傘でした。
昨日の放課後。
夕陽の中で笑い合ったとき、
彼の瞳に“別れ”が映った気がした。
それでも、笑っていた。
笑うしか、できなかった。
「ありがとう」って言ったら終わっちゃいそうで。
「またね」って言ったら嘘になる気がして。
だから何も言えなかった。
ただ風が吹いて、髪が揺れて、
あの一瞬だけ――“好き”がこぼれそうだった。
あなたに会えて、よかった。
それを伝えるために書いた手紙なのに、
どうして私は、まだ封をできずにいるんだろう。
放課後のチャイムが鳴る。
窓の外、雲の隙間から光が差す。
その光は、まるで彼の笑顔みたいだった。
もう届かなくてもいい。
でも、ちゃんと生きてるこの想いだけは
消したくなかったんだ。
封筒を胸に抱きしめて、
彼女はゆっくりと立ち上がる。
風がまた吹いた。
まるで誰かが「行っておいで」と背中を押したように。
ありがとうの続きは、
きっと、まだここにある。