準備の初日、2年3組は熱気に包まれていた。
「絶対に最高の劇にしよう!」
誰もが笑顔で拍手をしていた。
だが、その熱は長くは続かなかった。
主役をめぐる口論、押しつけ合い、サボり、陰口。
「なんで私ばっかり」
「アイツは何もしてない」
信頼は崩れ、教室は冷笑とため息で満ちていった。
ある放課後、担任の佐伯先生が言った。
「なぁ、何のために、誰のためにやってるんだ?」
「誰かを笑顔にするために、みんなでやるんだ」
けれど現実は変わらなかった。
「笑顔? そんなのキレイごとだろ」
冷めた男子が吐き捨て、クラスはさらにしらけた。
文化祭まであと一週間。
もう終わりだと誰もが思った。
夜の体育館裏で、僕は一人、大道具を直していた。
そこへ美咲がやって来て、ぽつり。
「……これ、完成したら誰か笑うかな」
「笑うよ。笑わせよう」
そのやり取りをきっかけに、少しずつ輪が広がった。
「私も手伝う」
「俺もやる」
誰かを笑顔にするために——
その言葉がクラスを動かし始めた。
そして、本番前日。
リハーサルの最中、
ガタッという音とともに大きな背景パネルが倒れ、ドンと床に崩れ落ちた。
端の板はひび割れ、塗った部分は剥がれ落ちる。
誰かが悲鳴を上げ、会場の空気が一気に冷え込んだ。
「……終わったな」
誰かがつぶやいた。
ただの舞台セットかもしれない。
でも、ここまで積み上げた日々が一瞬で無に返ったように思えた。
けれど、体育館に集まった数人が、散らばった板を拾い上げた。
「まだ、終わってないよ」
まだ使える。
組み合わせれば、なんとかなる。
応急処置にすぎないけれど、完全に終わったわけじゃない。
そこから、
誰かが軍手をはめ、
誰かが釘を打ち、
誰かが布を貼った。
夜遅くまで、先生に追い出される
その瞬間まで、手を止めなかった。
眠い目をこすりながらも
「やっぱ俺、ここ塗り直すわ」と笑うやつがいた。
小さな笑い声が少しずつ輪になって広がっていった。
そして当日。
不格好な舞台だった。
セリフを飛ばす者もいた。
それでも、客席からは笑い声があふれ、
拍手が鳴り止まなかった。
舞台袖で、あの冷めた男子が小さくつぶやいた。
「……笑顔って、本当にあるんだな」
僕らは泣きながら笑った。
体育館は笑顔で満ちていた。
──あれから20年。
今、社会人として働く僕は、あの日を何度も思い出す。
数字を追うだけでは心が枯れる夜もある。
でも「誰かを笑顔にするために」と思った瞬間、
不思議と力が湧く。
あの文化祭での経験が、今も僕を支えている。
「笑顔って、本当にあるんだな。」
あの言葉を聞いて20年経った今も、未来をつくる力になっている。