今日は山へ行こう、と思った。
理由はよくわからなかったけれど、心がすこしざわざわしていて、
誰かに会うより、自然の中に身を置きたい、そんな気分だった。
小さな登山道を、ぽつりぽつりと歩いていく。
葉っぱが風にゆれて、カサカサと鳴る音が、やけに心地いい。
──ねえ、私はどうしたらいいの?
そんな問いが、ふと、心の奥から聞こえてきた。
仕事も、人づきあいも、がんばってるつもり。
だけど思うようにいかないことばかりで、
「これじゃダメなのかな」って、自分を責めてばかりいた。
そんなとき、一羽の鳥が目の前の枝に止まった。
こちらを気にするでもなく、ただ空を見ている。
ああ、この子は、
今日が晴れでも、曇りでも、雨でも、
きっと「それでいい」って思ってるんだろうな。
わたしは、なにかを変えようとばかりしてた。
相手を、環境を、自分自身を……
でも、この森の木々も、風も、空も、
誰も「変わって」なんて言ってこない。
そっと立ち止まって、大きな木に手を添える。
あたたかくも冷たくもない、ちょうどいい感触。
「……ありがとう」
声にならない声が、口の奥から出てきた。
誰に、ってわけじゃない。
でも、自然のすべてが、
「うん、それでいいよ」って、
見守ってくれている気がした。
そういえば、前に読んだ本に、こんな言葉があった。
『釈迦の教えは「感謝」だった』
苦しみは、思いどおりにしたいと思うところから生まれる。
受け容れることが、自分をいちばん楽にしてくれるんだって。
それは、まるで自然みたいだ。
思いどおりにしようとしない。
ただ、いまを受け容れて、生きている。
私も、少しだけそんなふうに生きられたらいいな。
木々はなにも言わないけれど、
風も光も、なにも返してはくれないけれど──
それでも、帰り道の私の足取りは、
行きよりずっと軽くなっていた。