雨の音が、ぽつり、ぽつりと屋根を打っていた。
夏の夕方。空はまだ明るく、灰色の雲が静かに動いている。
小学生の陽太は、リビングでマンガを読んでいた。窓の外では洗濯物が少し濡れ始めているけれど、彼は気づかないふりをしていた。
「もうすぐママが帰ってくる…」
そう思いながらも、なんとなく腰が重かったのだ。
しばらくして、玄関が開いた音がした。
「ただいまー」
明るい声。ママが帰ってきた。
陽太はドキッとした。洗濯物…そのままだ。
リビングに入ってきたママは、窓の外をちらっと見て、濡れた洗濯物を見つけた。
でも、怒鳴ることはなかった。
ママは、ふっと微笑んで、こう言った。
「ねえ、もし陽太が雨に気づいて、洗濯物を取り込んでくれてたら……」
少しだけ言葉を止めて、にこっと笑った。
「お母さん、きっとすごく嬉しかったな。今日はちょっと濡れちゃったけど、大丈夫。次、もし気づいたら、お願いしてもいい?」
陽太は、不思議な気持ちになった。
怒られると思っていたのに、怒られなかった。
むしろ、「嬉しい未来」を一緒に想像させられた気がした。
「……うん、わかった。次はちゃんと見るよ」
照れくさそうに言った陽太に、ママは柔らかく頷いた。
その日の夕ご飯は、陽太の大好きなカレーだった。
ママがひとこと。
「さっきの“ありがとう”ね。言ってくれて、嬉しかったよ」
陽太は少しだけ笑って、モグモグとカレーを頬張った。
外では、雨が上がり、夕陽が雲の隙間から差し込んでいた。