7月5日騒動のその後、と宇宙変動病に対処する方法論を書いた昨日の記事のアドレスです。一応、こちら残しておきます。
今日も雨降りの京都です。祇園祭も夜は雨がやんだんで、よかったですね。
なんせ、17時までは叩きつけるような土砂降りでした。
雨に洗い流されて、私たちの意識も明確になっていくのでしょう。
さて、今日は風の時代の人間の働き方についてをもうちょっと伝えていこうと思います。
私たちは古き昭和の人間です。
なので、昭和の成功法則を親に叩き込まれ、レールを敷かれてきました。
アホな保護者は、この親から伝わった古い教育価値観を最良のものとして、まだ同じレールを子供たちにひいています。
その結果、金をかけてわざわざ人として、嫌な人間を作っているとも言える状況が発生してます。
しかし、今日もある先生のお話を聞いてたんですけど、海外のIBリーグでたり、ハーバード行ったら一生が約束される時代など、もはやどこにもない。
英語ができればもてはやされる時代ももう過ぎ去った。
海外に出たら、英語ができるアジア移民と日本人の差がなくなったためリスペクトもされなくなった、とも言われます。
私もそうなってきたな、とそれを聞いて思います。これまでの世界は、ヒエラルキーの中で、歯車としての自分の比較優位性を全面に出して、高い給料を獲得することがエリート、勝ち組的な生き方だったんですよね。
だから、昭和世代は、小さい頃からお塾に通い、学歴や実績を含め、いろんなタイトルを取る必要があった。
そしてね、大人になってからも、勝ち組の生き方にはコツがいります。
巨大なパワーを持つ組織の中で、生き残っていくために最も有効で効率の良い生き方は「余計なことをしないこと」「組織の決まりをきっちり守って、言われたことだけをやること」「どんな理不尽に対しても、従順であること」だったんですよ。
だから、うっかり本当に頭のいい奴が、組織の中で理想を間に受けて、そのとおり、新しい挑戦を始め、企画を通したり、大きな結果を出そうと奮闘しようものならば、大変なことになった。
それが当たれば、脚光浴びるかもしれないけど、同時に思わぬトラブルを警戒しなくてはならなくなった。周囲から妬まれ足を引っ張られるし、失敗すれば、責任を問われてエリート街道から落とされる。
だからね、この世界の中でもっとも生き残れる方法は、そんなに目立たず、優秀性を発揮せず、求められたこと以上のことはせず、決まりをきちっと守ってその枠内でしか活動しない。嫉妬深い上司の前では、ちょっとダメさをアピールしながら、逆らうことはしませんよと犬の腹を見せ、真面目さだけは強調しておく。っていうのが、勝ち組になるための大事な生き方だったんですよ!!
官僚とかみてもそうだと思うんですよ。彼らは優秀だけど、歯車になってそのなかで言われたことをやる、期待された範囲でだけやって、決して期待を超えるような働きをしない。それはリスクになるからです。時々、家庭を犠牲にして、身を粉にしている真面目さもアピールしなくてはならない。
出る杭は打たれる、じゃないです。それは昭和中期の働き盛りのことばであって、昭和後期の人間は、優秀な奴は、自ら自分の杭が出ないようにペースを維持する。が勝ちパターンだということにすぐに気がついていきます。
これ、能ある鷹は爪を隠す、じゃないの?って突っ込まれるかもしれませんが。
いやいや、能ある鷹は、爪を隠すけど、隠しっぱなしで終わるっていうのが、大組織の中でのもっとも旨みが高い生き方なんですよ。
そして、大組織に所属していたら、その信用や看板が、まるで自分の信用力のように活用できるので、大手企業や権力のある組織の肩書きは、パスポートのようにやりやすい面もある。
そういう旨みを大事にして、昭和の優等生勝ち組は、生きてきたんです。
ほんとに真っ直ぐに、社会貢献したいとか、誰かを助けたい、とか、世の中を良くしたいとか、仲間と楽しくやりたい、って、額面通りに思ってた人は、うっかりそれを実行することで、その勝ちパターンから外れて、いきなり痛いお仕置きを受けるか、組織からはみ出でて消えていきました。
これを、令和の今もやって生きるか?
というのが、今の風の時代の変化を敏感にかぎ取っている、そこのあなた?!ですかね。w
ちょっと立ち止まって今書いたことを再検討して欲しいんですが、
・言われたことだけ、期待されたことだけを、期待された量だけアウトプットすれば良い。余計な口を挟まない。
・過去データを踏まえて自分の優位性を示す。
・人の感情や心の平安に配慮した判断基準を持たず、本能的直感に従って、自分を表現したり、全くゼロからの挑戦ができない。
といった特徴は、AIとまったくおんなじ働き方だとおもいません?w
時代のIT世界を私も真横で見ますが、それに伴い大きな変化が生まれています。Web2.0どころの騒ぎではありません。
巨大組織視点で見ると、IQの高い人間を活用してきた部分の多くをAIに置き換えた方が得だ、という現実がいま出来上がってきてるんですよね。
AIなら社会保障とかいらんし、自分のコントロールが効くし、鬱で休むとか心理的ケアもいらないし、無給無報酬で24時間365日、いつでも労働させられるわけですから。w
そんなのどんなに高いIQの持ち主だろうが、AIと競争させられたら、簡単に切り捨てられてしまいます。年齢もある程度行ってて、ブランド力の高い背景持ってたら、給料だって高くつきますしね。
前に見たIQ200を超えてくる精子バンクで生まれたドロンくんのドキュメンタリー番組で、大人になった高いIQのドロンくんが「僕は天才じゃない。なぜならば、全く新しい開発ができないからだ。発明が生み出せないからだ、」と言っていたのを思い出します。
処理は誰よりも早い。でも、これまで世の中になかった全く新しい発明ができない。世界のスタンダードを変えてしまうような画期的なアイデアが生まれない。だから自分は天才じゃないって彼は自己否定していました。
もちろん、優れたアイデアを世の中に活用していった人の中にはIQが高い人もいます。でも、その処理能力が何か新しいものを生み出したわけではないんです。人間的な直感や妄想力、想像力を使って、これがあったらなんかいいことがありそう、と思ったことを、情報処理の高さが手伝って、早く手段を得る方法をみつけて実現して、生まれてきた発明なんです。
つまり、人間であることが核にあり、それを機械的な処理能力が支えた発明、ということ。IQがいくら高くても、その「人間であること」がなかったら、IQが高い人はAIと全く同じ。このことは、むしろAIに簡単に負けてしまう価値のない人間に堕ちてしまうってことを意味しているんですよ。
(しかし、だからといって、基礎教養力読み書き計算能力を否定しているわけではないですよ。w)
巨大組織は、組織化されている中でうまくAIを取り込みますので、これまでより、そんなに社員数も要らなくなるでしょう。社員を管理する人間も要らなくなってきます。すると、世の中は、巨大組織で働く人よりも、基本的に自営業やフリーランスで働くしかない人たちが多数出てきます。
これは負け組なのでしょうか?
いや、そうじゃないとおもいます。組織人に向かない人にとっては、願ってもない、風が吹いてきた!っていう時代かもしれませんよ。
また、組織内で働いている人の中でも、これまで見たいな勝ちのセオリーが通用しなくなっていきます。
言われたことしかやらない人が、真逆の取り扱いを受けるようになってくるのです。風の時代の組織には、どんな人材がもとめられていくのかと言ったら、一言で言ったら「気の利く人」です。
気の利く人というのは、もともと自分の組織の目的をよく理解しています。人間関係も心理的力学もちゃんと把握しています。
ですから本質を間違えずに、ルールはルールとしながら、そこにこだわらずに、よりよい選択を機転をきかせて採択して、結果AIならだせない手法で、より高い成果を作り出すことができる人のことです。
組織のメリットにおいて、AI人材と風の時代の人材のなにが違うのか、わかりやすい私の経験をお話ししたいと思います。
ある企業が作り上げた、先端教育系の認可外保育施設が私の住んでいた市との境界線にありました。同様の施設は、すでに市でしかるべき手続きが取られれば、通っている保護者は東京都から補助金を出してもらっており、今説明するこの施設も然るべき人の働きかけがあれば、保護者が保育の補助金を得られる資格と可能性がありました。
しかし同世代が地域のためにだれもが動かないので、私は市議にかけあって、その時、市議と一緒にその活動のために動いておりました。
そしてこの市からの子供たちがどれくらい、その施設に入園して教育を受けているのかという人数の情報を、市議会の参考情報として提出するために、その(有名塾チェーンと大企業がタイアップしてできた)幼児施設の本部にお電話したんです。そして、自分の身分と市議の名前と目的をお伝えして、担当者に通園状況をお聞きしたんですね。
そのときの、受け付けた担当社員の対応が凄まじく悪かった。
「え?企業情報、教えられないですよ。そんな話があるんだったら、ちゃんとプレゼン資料を用意してこっちに提出してくださいよ。そしてうちの会社全員を納得させてからだったら、おしえてあげてもいいですけど。取るべき、段取り踏んで、営業しにきてくださいよ。」
って言ったんですね。一応、東京の中心に本社を構える教育関係の本部の大企業社員ですよ?
「誰の利益なのか」っていうことがこのひとにはまったく見えてないんだ、っての、わかります??
会社の通例の規則だと押し通し、女性社員は、会社の常識をこちらに押し付けてきたんです。
でもこちらは、市民の公共の利益のために動いている側ですので、そこまでして企業におもねる理由がありません。
おいおい、ここ、何様なんだ、と唖然としてしまいました。
それでその企業にメリットのある話をつなぐのを暗にやめました。
このようなモラル感の企業であれば、自分の保育施設としての立ち位置が理解できていないことは明らかで、そんな企業の経済活動を応援することになる働きかけをしても、市民に本質的にメリットはないからです。
でもその話が通れば、補助金が出ることで、その高い保育費用がはらえる保護者の範囲が増えるので、その保育施設は現状定員割れに悩むことも少なくなります。また市民も、無料の園だけではなく、住居の近くで良い教育を子どもに選択できるようになる。
双方のメリットがあるからこそ、動いていた活動を、話が持ってこられた時点で、その大企業の女性社員は、規則を押し通してぶち切ってしまったんです。
多分、私がその社員だったら「とりあえず、市議から直にお話をお聞きできないでしょうか。」と園の会議室などで、面会のアポを取り付けると思います。
そしてそういう決断ができないとしたら、日頃から判断力がある営業力があると思っている上に密かに掛け合いますね。
その上で会社に利益があるとわかり、社内プレゼンが必要だったら、うごいてくれる議員にやらせるんじゃなく、自分が自分の会社に対してプレゼンするわ。
企業的には、これが実現したら、園運営の経営が安定する絶好の機会だったので、見えない大損失だったと思います。でもこの受付た社員の対応で、その可能性は閉ざされ、おそらく、上の経営者はそのことを知らないんです。
アホな社員を雇うことで、大打撃を与えられている会社は意外に多いんじゃないでしょうか。
そもそも、今後も保育制限等、色々力になってくれるかもしれない市議に対しても、納得できるプレゼン資料用意して来い、とは、ものすごく失礼な態度をとったことになります。おいおい、大した会社だよって思いました。
つまりこの女性は、社員として、余計な仕事を持ち込まない、規則通りに動いた、という点では、良き社員・組織人なのでしょう。
面倒ごとに巻き込まれたり仕事増えなくてすんで、ほっとしていることでしょう。でも、組織の利益・自分の顧客の利益という意味では、積極的に大きな被害を与えているわけです。
そういう判断をする「優秀」な社員が、今組織には非常に多い。
おそらく大企業の社員なので、高学歴の方だったと思いますが、今の世の中は、まさに、そんなAIもどき社員がたくさんいるんです。
昔でいえば「気が利かない」ひと。
これは一例ですけど、どこの組織にも必ずいると思いますよ。
会社の通例や暗黙の規則を守りとおすことで、(自分が楽なポジション・既得権益を維持できる現実を守り)会社の可能性を潰してしまう社員ですね。
もっともらしく会社のルール持ち出していうけど、実は自分のエゴによって判断してることに本人が気が付いてないケースもよくあります。
これからの風の時代、このような働き方をするひとは、まさにAIに置き換えられてしまうだろうと思います。プログラミングできるような働き方、ルール通りに動く人間をやとっていても仕方ないからです。
要するに、これまで例がない稀有なチャンスが舞い込んできた時に、それをルールに変則的に対応し、目的のために機会を活かせる気の利く社員がこれから、風の時代に求められる理想像に変わっていくんです。
組織の中で分業的に生きていて、狭い範囲で個別対応する意識で動いている社員ではだめで、組織が何を目的にして動いているのか、どんな結果を生み出すことが望まれているのかを理解した人じゃないと、気は利かせられません。
組織のどのポジションにいようが末端に至るまで、会社の存在意義を理解して、移り変わる現場の事態に対してそのときのベストな結果をつくりだす、応用がきく人間であることが求められるようになっていきます。
これまでも、そういう「気の利く」人間はいたと思います。
しかし、組織の中では理不尽なことに晒されたり、本質がわからない人間に酷い目に遭わされたりして、結局は自由裁量権が発揮できる仕事へと移っていったことでしょう。でも風の時代は、むしろIQはそんなに高くなくとも、そうした感性の高い人間が優秀な人間に置き換わっていくんです。
で、そんな人間に置き換わっていく社会に向けて、子どもにどんな教育をしたらいいか、というところが本題なのですが、単純に未来の流れを予測すると、
今の子供の多くがこれからは組織に縛られた働き方をしたがらなくなると思うので、自分で事業を経営していくと思います。
すごいと言われるポジションや収入よりも、社会全体の価値観がかわっていくので、出世にこだわらず自分が納得できる仕事を選んだり、人生と仕事のバランスが取れる仕事を選択していくと思います。
そのときに必要なのは、まず自分個人の信用を作り出すことです。
組織に所属していると、組織の看板が個人の信用を保証してくれます。だから、社員であった時だけは信用がありますが、多くの人はその組織を出てしまえば、個人の信用力なんてものはないことに、定年を迎えてはたと気づきます。社員時代の人脈は、個人的に自分を好きで集まってくれた人ではなかったことに気が付きます。その頃、ようやく動き出しても全然ダメ。
ところが、自分で事業を継続している人は、自分という個人が信用を築き上げているので、年をとっても地域や取引先や友人といった関係性がそのまま一生の財産になります。自分で事業をやるということは簡単ではありません。
誠実に人と付き合う中で、コツコツと積み上げてきた信用です。
だから、今の子どもに必要な能力とは、テストで誰かよりいい点数を取ることよりも、ブランド名のある学校に行くことよりも、小さい頃から利害抜きにしてつくってきた友達との付き合いがあるかどうかや、その人間関係のなかでひとつのプロジェクトがうまれたとき、お互いの得意を活かしあって、協力関係を作り出して、それを実現に繋げていく力です。
要するに学業優秀である以前に、コミュニケーション能力、人間関係構築能力、の方が、より幅を利かせてくる社会がこの先は待ってるよってことなんです。それは授業でおそわることではなくて、ただ、ただ、友達と遊びまくること!人間関係力、コミュニケーション力は、経験と実践の中でしか、身につかない能力なんですね。
自分がさて、なにかをやろう、と思った時、どれだけそこに力を貸してくれる仲間がいるか。宣伝を手伝ってくれたり、必要なひとを紹介してくれたり、ときには、それじゃうまくいかねぇよ、こうしろよって苦言を呈してくれたり。そんな応援団が自分にいるかどうかがまさに風の時代の価値になります。
AIよりも人間臭い人間に愛着を持ち、その人との時間と空間のなかでお互いに英気を養い、充実感を感じられる。そんな人間関係づくりは、子どもの時代から味わっていないと、それがどういうものなのか、感覚的にわかりません。
これをやってあげたら、きっと喜ぶだろう!そういう発想ができる子供たちが「気の利く人間」になり、幸せに豊かになっていくということなんですね。
京都は自営業の街です。
自営業は京都を学べとは、コンサルタントの世界でよく言われてきたことですが、まさにそうで、京都の子供達はご近所誘い合い、子供同士でよく遊びます。町家を見てもわかりますが決して京都の家は広くありません。
でもこどもたちのお付き合いを歓迎してくれる親御さんは多いんです。
東京のように、お客様向けの完璧なホテル住まいのような演出にこだわる人間付き合いじゃなくて、ありのままで気にせずに受け入れてくれるんですよ。
大阪も昔はそうだったって聞きますよ。普通におばちゃんが、パジャマででてきて「あ〜きたの〜?」って笑ってたりしてた。って友人がいいます。
いいとこだけ見せる付き合いじゃなくて、無理のない付き合いを目指す。
そして、それが大きくなっても維持されて、勝手知ったる旧知の仲のなかで応援されたり応援したりして、その後、仕事が出来上がっていくのです。
今、都会が最先端かというと、そういう意味では違うと思います。塾のように一方的に聞くだけの既存の学習は、今インターネットでどこにいても同じものが受けられるようにもなっていますから。
なんでうちが京都の市立小学校に行くことにメリットがあると思うかというと、やっぱり先生の人間性がとってもあったかいからです。教育とは、ひとづくりが柱にあることを忘れていない先生が多いからなんですよね。
学業ができれば、学習ではない。生身の相互交流のある授業が受けられるからこそ、学校に通う必要性があるんですね。そして、みんなで作り上げた地元の人間関係、協力関係が思い出ごとその子供を豊かにしていくんですね。
逆に付き合いが長いから、誰が友達がいのない人間かどうかもわかってくる。その子の家庭の内情も分かってますから、かなり早い段階で距離感を見極めてもいるとも思います。お茶の世界は、目利きが大事にされる世界。京都の賢い人はみんな目利き。京都はお茶文化の街でもありますからね。
次世代型の子供を育てるとしたら、地方で人間関係をしっかりと子供の頃から作り上げることが、少子化の今、無形の資産にもなります。
そこに力を入れることが今一番大事だと思います。
都会の教育熱は、そういうところにまだ全く気がついていないんじゃないでしょうか。京都は、教育において日本全国的に先端を行っています。
他県とは違う革新的な方向へ、教育がどんどん改革されていってますよ。
京都は時代が変わっても、戦乱の世にあっても、何が結局有効なのか、大事なのかを見極めて子孫に伝えてきている傾向があります。
歴史を通過してきた都市は他にもあると思いますから、京都だけじゃないと思いますから、ぜひご自分の街の地域の繋がりの良さを探し出してみてください。そしてお子さんの素敵な友達付き合いを応援してあげてください。