桜満開の京都にて

記事
占い
今の京都は、桜の満開のピークをちょっと超えたあたりです。
すっごい美しいですよ。まるで雲のようです。
関東で桜といえば、ソメイヨシノ一択な感じのイメージだったのですが、京都の桜はいろいろな種類があり、咲いている場所もコンパクトに寄り集まっているのが違いですかね。桜の種類が違うと開花時期も微妙にずれていて、そう言う意味では早咲きから遅咲きまで、長く楽しめるんじゃないでしょうか。
ボリューミーなソメイヨシノは只今、見頃を迎えて、日本人でも着物を着て、京都に訪れる人が多いですね。我が家も近所の桜の名所に、着物で花見に行きましたよ。とくに下の娘は、着物が大好きで、しょっちゅう日本髪して、着物で出歩く趣味があるので、京都に訪れる外国人観光客がすごく喜んでくれて、隠し撮りもふくめて、出かけた先、あちこちで撮影されます。

先日、車の件で日産に行ったら、京都らしいので日本の他の支店との差をアピールできるしお願いしますといわれて、その舞妓さんのような姿がホームページのブログにのることになりました。w 
 禄存星生かしてるなぁ〜と思いました。

 やっぱり、東の禄存星は、芸能界や営業マンの世界と言われますが、外から見ても引力が働くらしく、そういった所とのご縁はよくあって、下の娘、これまでもいくつかの写真館の和のモデルになりました。
 本人も表現力があり、そういう世界が好き。なので、嫌がることなく、最高のスマイルで応えます。撮る側にしても、撮りやすい子供なんですね。自分に合ったことをやっているので、娘も撮影は疲れ知らずです。

 これは、単に禄存星や司禄星がたくさんあるだけではダメで、ほかに目立つことが好きな星がないとダメですし、その星の位置や全体の中の数のバランスの良さも大事だったりしますね。禄存星4つある子とかでも、魅力を発揮して人気者になりたいと強く思うだけじゃダメで、どこかに鳳閣星や調舒星など、表現力の星もないと力は発揮されにくく、モデルさんや女優さんと言うのは、そう言う世界に向いている人と向いていない人、本当に大きく分かれるんだなぁとつくづく思った次第です。
でも、うちに関しては娘をどこかの事務所に所属させるような気はさらさらなく、頼まれたら引き受ける貢献の形で地元密着でやっていくつもりです。

 算命学の目線を絡めて教育を考えてみますと、昭和の時代は、大きくなったら、何になる?(欽ちゃんの番組の、メダカの兄弟の歌みたいに)の世界だったと思います。でも令和の今は、教育がそのまんま実学と切っても切り離せない形になってきていますから、大きくなるのを待たずに、はやめに子供に向いた領域の現場を踏ませるとか、現場経験を踏ませるなかで必要な技術を磨いていく方が良い時代です。
現場に早めに触れることで、その領域にすすむにあたり今の自分に欠けているものも見えてくるし、その魅力に強く惹きつけられることが、モチベーションにつながっていくからです。

 だから、この子はどのような世界に興味を持っていくのかな、と言うことを親の方でできるだけ早めにわかっていくと、その領域に早めに接点を作ってあげることができますよね。

 一般的な算命学の話になりますが、職業の星は東の星がキーポイントと言われます。実学算命学ではそこだけをみて、職業判断したりはしませんが、ざっくりいっちゃうと算命学鑑定士は、東の星を見て、職業の適性を決めることが多いでしょうね。それはそれで参考になるかもしれません。

そして、星を消化させる意味でも、宿命に多い星からイメージできる領域、例をだすなら、鳳閣星がやたら多いなら、未来的なトレンド、食べ物、エンタメ、快適性、旅行、健康、言語、デザインといったようなものを育てる上でちょっと意識して関わらせたら良いでしょうね。

そして、その子の主星が何であるか、も非常に重要ですね。
 そんなところにポイントをおいて、自分の子供の宿命を眺めてみると、効率よい進路発見の子育てヒントになるかもしれません。

 うちの子育てを考えてみると、東京にいる時は、玉堂星主星の上の娘が伝統に触れるような機会はほとんどありませんでした。古典・伝統といっても、せいぜいクラシックオーケストラやバレエ、日本的なもので言えば、こままわし?!とか史跡資料館へいくとかでした。なので、赤ちゃんの時にこの子が将来的に伝統に興味を持つような要素はまったく感じられなかったんですけども、やっぱり星は裏切りません。w

京都はまさに、伝統と古典だらけの都市なので、今ではもう、目をキラキラさせながらあらゆる伝統工芸体験・古典芸能の世界に首をつっこみ、和歌を楽しみ、着物を着て、日本髪を結い、茶道に通う、という生活を送っております。
 ありきたりの日常生活をおくっているなかで子供自身から、あれをしたい、これをしたい、といってくることは、基本的には珍しいことです。
 やっぱり親が用意した体験というものが、うまくその子の星に合致した時に「あ、私これが好き。これ、楽しい!」となってくるものです。
 親が意識的にその子の世界に近いものを環境としておいてあげることで、その子らしさを発揮する、星を活性化するきっかけを作り出すと言うことが、このようなところからも分かるんじゃないでしょうか。

貫索星の子供ならば、子供の頃から仲間として自分たちを支えてくれている社会そのもの、周りに流されずに全員にとって良いことを一人でも実行していく勇気や、さまざまなひとの崇高な理念や信念の世界に触れさせてあげたらいいですよね。伝記の偉人伝などを家においておくのもいいですね。
自分で生きていける!と思うことが、貫索星の自信になりますので、短期山村留学やキャンプやサバイバル体験みたいなものも良いでしょう。

うちの場合、下の子供の主星は、調舒星なので、やっぱり核として大事にするのは、感情の世界です。調舒星は、感情の世界を敏感に感じとります。その感情を持て余すところから、葛藤や反発心が起こります。
調舒星は、自分がはっきりと感じている感情の世界を、鈍い人たちに理屈や倫理観で嗜められたり、軽んじられることがとても嫌なんですね。

玉堂星のお姉ちゃんは、下の妹が落ち込んだ時、理屈で説明して慰めようとします。それはお姉ちゃんなりの気持ちの切り替え方なのですが、感情の世界に生きている下の妹には「そうじゃない!そうじゃないんだ!」と言う気持ちだけが募っていきます。車騎星のピカチュウにおいては、「色々考えてるくらいなら、目的に近づけるような行動をなにか一つでもとればいいじゃないか。ぐずぐず言うだけ無駄。」という発想になります。

そして、周りの気持ちがどんどん押し寄せてくるので、調舒星のようちゃんは、いっぱいいっぱい、気持ちがカ〜!っとなってくるんですね。
それが分かるので、私は、そこで言葉掛けをします。

「今、感じている感情を味わうことが、今のようちゃんにとって一番必要なことなんだよね。」と一旦、家族の慰めにストップを入れます。
下を向いたまま黙っている下の娘の背中をさすって、スキンシップを図ります。感情がたまってしまった子供を、ハグしたり、さすったり、背中とんとんしたりは、エネルギーがどどまらないようにする工夫で、感情がきれいにながれていくことを促進します。
 自分で違和感という形で受け止めている感情を代弁してあげることで、今自分がどう感じているのか、どう消化したらいいか、自分の気持ちの理解にもつながります。

「どんな感情であっても、全ての感情には価値がある。ようちゃんはお姉ちゃんとはちがって、一旦、それを受け止めて感じる時間をもらえることが大事なんだよね。」
と言葉掛けをすると、ホッとしたようでイライラが落ち着いていきました。

他の子供でも、例えば、牽牛星の子供ならば、誤解されたり、評価されないことがあったとしても、「全体のためにきちんと役割を果たそうと動いたあなたの功績」というものをピックアップして、誇りに思ったことを伝えてあげたらいいと思います。

司禄星なら、どんなことがあったとしても、簡単には投げ出さずに諦めずじっくり取り組んだ粘り強さ、そして堅実に実践したことは素晴らしいことなんだっていう側面をその子に思い出させてあげてほしいですね。

日本人の子育ては、何といっても、子供を褒めないことが多いとおもいます。
でも、親が褒めなかったら他の人はそんなに褒めてくれないと思いますよ。
褒めるっていうとちょっと語弊があるかもしれません。

 褒める、というのは、一見実は親が評価を下している行為に見えるかもしれません。しかし、実は子育てにおいての「褒める」っていうのは、親が子供をどうひょうかするかということではなくて、褒める行為によって、子供自身が自分の良さや素晴らしい価値に自分で気がついていくように促していくところにその目的がある行為なんですね。外側から褒められることによって、こどもはじぶんのいいところはここなんだ!と自分の良いところにフォーカスしていくことができるようになります。

世の中には、こどもに、「褒められていい気になるな!」と怒る親もいると思いますが、褒める=評価ではない、という意味がわかれば、それがいかに意味のないことか、(むしろ害しかないはたらきかけか)分かりますよね。
 海外の親や大人がやたら子供を褒めるのは、その子供の強みや他の人にない前向きな特徴をその子に意識させていくためです。親が子供に優劣をつけて、周りと比べて優をつけたから、その子を褒めているわけではないんですよ。

特に、葛藤を生じやすいタイプの子供は、自分で自分をディスる傾向もありますから、悪いところではなくて良いところにも目を向けられるように、褒めてあげたら生きやすくなりますよね。

 このような働きかけは最初は面倒で時間がかかったとしても、親の側がよく観察して、その子にとって心地よい状態はなにか、または嫌な状況はなにか、心の背景や動機のようなものを推察しながら育てていくと、それを感じ取って親に対して素直な子供に育っていくと思いますよ。

もっとも、親が心の奥底に届く働きかけができるのは、本当に思春期前の子供に対してだけ。小学生までの話ですから、お子さんがそんな年齢の方であれば、ぜひ、大事な時間を、大切に交流していってくださいね〜。

桜は入学式の季節だから、子供の成長について書いてしまいました。

個人的には、今日は、大学の授業、第1日目だったんですよね。
一年ぶりに再び、僧侶のM教授の授業をとったんですけど、そこで初めて先生の専門がなにかを聞きました。多分昨年先生の専門領域を聞いても、経典の名前を知らなかったので聞き流してしまってたと思うけど、この2年の間に色々と基礎知識がついてきたおかげで、今なら先生の領域がどんな意味を持つのかが分かります。そしてその領域が珍しいが故に、学会から変人のレッテルを貼られてきたM教授の立場も分かる。
 最初に会った中華思想の教授とは別な柱ではあるけど、やっぱりM先生が一番、算命学源流の源流に近い世界にいたんです。あ、やっぱりあの時、M先生についていこうと思った直感は正解だったと思いました。w
算命学の源流の源流はインドにあります。中央アジアと中華の前の段階で存在した形は古代インドにあります。
それは、リグ・ヴェーダの経典世界を絡めて教えてくれたヒンズー教のインド聖者の世界でもあり、そこで体験してきたことが、また繋がってもくるのです。ヒンズー密教世界を経由したおかげで、算命学の源流につながったのは当たり前だったのです。いろんなところをフラフラと通ってきたつもりだけど、振り返れば全て無駄は何もなかったんだと思いました。

で、インド哲学に詳しいM教授に、先生の専門の経典が教えている暦計算から派生した学問の研究をしたいんですけど、何が必要ですかって聞いたら、
「あ〜そうだね、これ研究してる人か〜.....まぁいないと思うけどね〜」と少し考えた後、「もし本気でこの領域くるなら、絶対的にひとつ必要なことがある。それやっといて。」
と先生言うんですよね。
「それって、な、なんですか?」と、私が恐る恐るきくと、
「サンスクリット語の理解を完璧にし、流暢にとり使えること!」

が〜ん.....

ええええ〜!先生、だってさっきの授業の中で、世界でもっとも難しい三大言語の一つがサンスクリット語って言ってたじゃないですかぁぁ!!
それを私に求める〜〜!!???

と思わず思いました。

サンスクリット語は、プログラミング言語にすごくよく似ているそうなのですが、前にプログラミングをやってみて、誤字脱字の多さに、匙を投げた経験があります。アナログの自分としては、もちろん、そんな言語到底やれるような気がしないです。最初からの巨大な壁が立ちはだかったように感じて、一気に萎えたのでした。大学教授やるようなレベルの人って本当にすごいよなぁ。

自分がそこまでしても、突き進みたいのか改めて考えた時、いつも思い当たるのは、私の子供の頃から抱えてきた問いです。

それは、なぜこの世には、幸せな人と不幸な人がいるんだろう?
ということでした。

思えば、これまで、人が自分の人生を最大に幸せに生きるにはどうしたらいいのだろう、と思う疑問の答えを私はずっと探し続けてきました。
人が苦しんだり、こころ引き裂かれたり、死のうと思ったり、毎日虚しく泣かなくてすむ世界は、どうしたら実現するのだろう。
子供の頃からずっとそう思ってきました。
なんとなく立ち寄った宗教、占い、心理学、霊的世界はありますが、それらを色々みてきたけれど、それぞれの世界にその要素はあったとしても、そこには満額回答はありませんでした。

私が今、最も近いと考えられる答えは、
「全ては自分の意識に鍵がある」ということです。
その意識をどう取り扱うかによって、人は幸せにも不幸にもどっちでも選んだ方を生きることができるのです。
逆に言えば、意識の取り扱い方法をマスターした人ほど、この世を楽に生きていくことができると言えるでしょう。
だから、意識の構造、仕組み、その個人的探究は、まだまだ続いています。

 最近はある術者に、インド聖者とはまた違う形で、エネルギーと意識と量子の世界の相関関係をデモンストレーション的に実体験させてもらう経験をしました。
 そのおかげで、実際に意識磁場(気)がどのようにこの次元に作用しているのか、自分が実学算命学を通じて判断してきたプロセスへの確証を得ることにもなりました。そして、面白いことにそれは仏教の世界が古くから語ってきた世界そのまんまであることにも気づきました。

 人一人の意識磁場がどのように周りに影響しているのかと言うことがはっきりとわかると、すべては他人のせいに一切できなくなるし、かといってその全ては自分だけの世界でもない、時空間を超えて相互関係性というのが見えてきます。
まさに意識エネルギーの世界は、仏教でいうところの縁起の世界なんだと圧倒されたところです。
また術者からは、これだけ自分が作る磁場が相手へ大きな影響を与えている世界で仕事をしてきながら、私が相談を受ける立場として、クライエントさんに向けてどのような意識次元・意識磁場を発生させているかについては、ほとんど意識を向けてこなかったということにも気が付かされました。

普通に考えたら、そこまでの高いレベルのところまで、別に自分をもっていく必要性もないのですが、それがやれたら、それまでとはまったく違う体感世界で生きるようになるだろうことも理解できます。
 術者と密教高僧や禅僧、心屋仁之助さんはその領域を体験しているけど、私はそういうものがある、というのを今知った時点でしかありません。
やりたいのか、やりたくないのかすら、考えも及ばないですが、扉の奥に広がる、もっと高度な意識磁場の世界の存在を知って、身震いしたところです。

 とくに空海は実体験を持って、それを深いレベルで知っていた高僧です。そして、空海がそれについて書き残したものを手掛かりに大学で学んでいくプロセスは、そこに自分を手招きしているかのようです。そして、今平安京の跡地に住んでますが、だからこそ、密教世界が平安時代にはすでにどんな量子の世界を感得していたのか想像もつき、前よりももっともっとこの世界の理解が進みそうです。

桜満開の大学の門前で、弘法大師像の前の曼荼羅の中に立ち、新たなる探究世界の幕開けを迎えた自分に、感慨深い気持ちでいっぱいになりました。

サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら