北野天満宮も梅の花が満開で、良い香りが風に乗っていました。
香りをまったく感じることができなかったこれまでとちがい、今は梅の香りがわかる。すごく幸せなことだと思いました。
京都市は、今、インフルエンザと腸炎みたいな熱が流行っていて、熱はないけど、先週くらいから、炎症を起こしているんですよね。北野天満宮の人ごみからかえったあと、咳き込むようになったけど、なんかうつったかな〜。
という近況です。
置かれている環境が一気に変わった感がある今日この頃ということで、最近の我が家のエピソードの一つをお話ししたいと思います。学校から配られた学年だよりを読むと、4人に一人の小学生が便秘に悩んでいる、と書かれていました。......便秘ねぇ〜
他人事ではなく、たまちゃんも幼い頃から便秘に悩む少女の一人。
便秘解消に、家でもいろんなことをやるのですが、やっぱりどこか緊張感が抜けないみたいで、トイレからたまちゃんのうめき声?が聞こえると、親としてもなんだかやりきれなくて、かといって薬の力を頼るのも、大きくなって副作用がでやしないかと、躊躇しますので、悩ましかったんですよね。
心理的な影響も強いのかなぁ〜と思っていました。
玉堂星たまちゃんは、ママが大好き。
外ではクールにキメキメで、できる系優等生。まるでさわやかオシャレ女子学生みたいなんだけど、私はタマちゃんの裏の顔を知っている。
まさに、のび太のパターンで、困ったことがあると「どらえも〜ん!」とばかりにママに泣きついてくる裏の顔を。w
大丈夫かなぁ〜下手すると、これって、かなりマザコン?
好かれるようなことをやった覚えがないんだけど、玉ちゃんママが大好き。
娘じゃなくて、息子の玉堂星っていったら、もっとママ好きアピールがすごいんだろうか...
たまちゃん、最近、色々社会がわかってきたので、自分のママの仕事にも興味津々。私がパソコンでテキスト書いてばかりいるので、人から仕事を聞かれた時、「ブロガー。」と私のことを紹介していたようです。
いやいや、ブロガーじゃないよ、ブロガーの部分もあるけど、それは本職ではない!
人の人生の悩みとか、進路とか、ご相談を引き受けるしごと。コンサルティングというんだよ。そして、そのために仏教的な歴史とかかわりのある人間分析の手法で、人の意識の背景を解析していっているんだよ。
と説明しています。
そんなたまちゃんが、ある夕食の時、聞いてきたことがあります。
「お母さんってさぁ〜、プロファイラーなんでしょ。なら、私がお母さんのこと、どう思っているのか、当ててみてよ。」
私は、ちょっと考えた後、答えます。
「....たまちゃんは、お母さんのことを親友だと思ってる。そして、お母さんは自分の知らない世界をどんどん見せてくれる好奇心を広げてくれる存在で、そして、いつもどこにいっても、心の中にお母さんがそばにいると感じている。」
「うわっ、なんでわかるの!そう!まさにそうなんだよ!こわっ!」
と嬉しそうに声を上げるたまちゃん。
「なんでって、それが仕事だから。」
「じゃあさ、お母さんは私のこと、どこまで見抜いてるの。何%?」
う〜ん、と考えてから私は、「80%くらいかなぁ」と答えます。
だって、90%超えてきたら、流石に娘だって怖いと思うでしょう。思春期に入ってから決まりが悪くなると思います。
だから、ちょっと濁しておかなくちゃいけません。
でも実際には、相手と過ごす時間が長ければ長いほど、情報が意図せず集まってくるので、リアルにそばにいる相手ほど、色々わかっちゃいますよね。w
でも、ひとのことがわかること、っていい面と悪い面があるからね。
理性的な分析者なので、サイキックのようなオンオフは、私の場合効きません。
そうそう、まえに、生日中殺の下の娘の記事を書いたときのこと。
娘の話題を書くときは、本人にも許可取りつつ書いていますが、ようちゃんが「わたしのことを記事にしたでしょ。読んで!確認したいから!」とせがまれたことがあって、「え〜」といいつつ、当人に読む権利はあるな、と思い直し、当人に公開しました。そして、低学年には、読めない漢字があるから、と、あの長い文章を私が読み上げさせられたのでした。
そうしたら、読み終えて、ふと横を見ると、ようちゃんが、目を潤ませていたんですね。
「お母さん....わかってたんだ。」
「そう、わたし、小さい頃からそういう気持ちだったんだよ。ずっとね。私、自分だけなんか違うっていつも感じてて、心の中が不安でいっぱいだった。でもそういう私のこと、お母さんずっと前からとっくに知ってたんだって、今、知った....。」
ようちゃんは、地球へのなじめなさに葛藤していることまで含めて、母に受け止められていたことにおどろきを隠せない様子で、
「お母さんずっと、見守っててくれてありがとう。」と、かみしめるように言いました。
ようちゃんの中では、ブログ記事を読んだことで、過去のなにかが癒やされたようでした。しばらくの間、ようちゃんは、私をハグして泣いていました。
子供って、親に理解されたと思う時、すごくホッとするんですね。
理解するだけで、何もしてあげたわけじゃないかもしれないけど、それでも子供としては嬉しかったようでした。
そしてようちゃんはその後で、「ねぇ、生日中殺って殺すって書いてあるけど、怖いことなの?」って、顔を曇らせて、聞いてきました。
ああ、子供だから、そう思うよね。
「ううん、そうじゃないよ。昔の古い言い方だから、文字通りの意味じゃないよ。誅殺って言葉の方が、ニュアンスとして、お母さんは漢字的に合っているような気がするんだけどさ。」
「それって、私を通して、誰かが死ぬの?私は呪われてるの?」とようちゃんはさらに不安そうに聞きました。
「いや、死なない。言葉だけ見ると怖いかもしれないけど、お母さんも誅殺があるんだよ。みんな、いろんな中殺があるけど、一緒だよ。ちょっと普通とは違う意識の動きを見せる人たちのことを、便宜上、古い世界では中殺っていったんだよ。だから、なんにも問題ないよ。」
「ただ、ようちゃんの中殺は、宇宙的な大きさをもっているひと、っていう意味がある。だからその良さを無くさないで、宇宙的な愛の心を発揮したまま成長していこうね、ってことね。」
ちなみに私は、自分の子供だけじゃなく、リアルで会う親子さんでも、子供のことはよくわかる方だと思います。親にいわせると、あの一瞬だけでよくわかるね、って、言われますけど、逆にいうと、子供のこと、実際、あんまり親は見てないんですよね。見てるとはいうけど、自分の作り上げたフィルター越しに、これが自分の子供だと思っている幻の子供像を追っているだけなんですよね。
人を見るためには、自分の中のフィルターにまず気がつかなくてはならないです。これをやっているひとがすくないから、相手のことを全く見ていない自分に気づくことがない。そこで、あるとき、全く違っていることに気づいて、子供が怒り出すことがある。夫婦も職場の人間関係もみんなそう。人は自分がひとのことをわかってないことにわかってない。そういう意味で、どういうものであったとしても、人間分析学を学ぶのはとても良いことだと思う。
大抵の場合、私の中には、算命学の枠をこえて、膨大な人間ファイルがあるので、あ、あれな。ということになりますし、こどものほうも、このひとは自分をちゃんと見ている、となんか察知する。だから、信頼してくれる子供は多いですね。でも子供側のフィルターが厚いと、どんなに大人がこころをかけてもそれが届かないこともあるな、と思える子供もいますね。
とはいえ、子供の観察は、なかなか難しいですよ。ベースとなる性格の上に、今なにを抱えているのか、意識がどこへ向かっているのかを見なくてはいけないので、それが難しい。それは自分の子であってもそうですね。
とくに子供が抱えた心理的なトラウマの内容は、本当に個別なものであったりします。自分が苦しいこと、怒りを溜めていること、抱えている悩みなど、原因を含めた全体像を子供自身が言語化するのはとても難しい。
感情に名前がつかないので、表現の手段がわからない。子供自身がそもそもわかってない苦しみを、周りが気がつくのはもっと難しい。
だから子供のこころを観察するのは難しい。
大人になれば、こういう気持ちだった、と語れますが、自分が苦しいことすら感覚的に把握できないのが子供だったりするわけなので。
あの子は鈍いから平気平気!なんて親が笑ったりすることがあるけど、そういうことは絶対ないです。やっぱりどの子も、子供は繊細にできてますよ。
元気で楽しくやっているように見えても、そうじゃないこともあるかと思えば、またその逆もある。移り変わりが激しい成長期だからこそ、子供の深層心理の中でなにがおこっているのかを把握することは、実は難しいことです。
だから、人間分析を仕事にしている私であっても、餅は餅屋で、自分の子供に自分がフイルターをかけていて見えてないかもしれないな、と思った時、その専門の人にお願いすることもよくあるんですね。
心の中で抱えたトラウマが大きくならないうちに、そしてこどもが親にこころを開いているうちに、それを一緒にヒーリングしていったほうが、先行きが楽で明るいものになります。
で、先日ですが、冒頭に説明したようなたまちゃんの、なにをやっても良くならない、便秘を引き起こすような意識のもとになっているものや、ときどき起こす思春期のようなヒステリーの原因はなにかを、専門の人に計測してもらいました。
たまちゃんにその測定技術者が独り言のように言ったのは、
「他人の目線を気にしなくていいよ。他人って、わかっているようで100%自分のことをわかっているひとなんていない。だから、そういう目線を気にして生きることをする必要はないと思うんだよね。結果を出そうと強迫的になっているとこない?小学生の君には難しいかもしれないけど....」
そういう意識は、算命学の宿命だけでは出てきません。本人も認知してませんので、もともとの宿命からは読み取りにくいものです。
「うん、私には、難しすぎてわかりません。」
たまちゃんはあっさり。
しかし、色々、計測値から読み取れる意識状態を聞いているうちに、たまちゃんはともかく、親のこっちが、思い当たる節が湧いてきました。
「あ、そうそう、玉ちゃんってね〜、小さい頃から、ものすごい、見栄っ張りなとこがあって、しょっちゅう親に怒られてるんですよね〜。自慢屋で、スネ夫っぽいとこもある。」
「それに、甘えたい、甘えたい、と言うので、抱っこするけど、ものすごくたまちゃん体が硬くて、すぐに気が散るし。硬いからこっちも、なんだか抱っこのここちが良くないんですよ。でお互いに白けちゃうことも多い。どうすりゃいいのって思う。」
って話をしていました。
そして、その計測結果を聞きながら、ふとおもいあたることが。
「ああ、もしかして、こういうことかもしれないなぁ」と親的に思いました。
で、波動的な処置をしてもらって、セッションは終わりだったんですが、
午前中休んで受けていたので、終了後に遅く登校するとき、私が付き添いでおくりながら、たまちゃんとそのことをお話ししたんですよね。
「あのさ、お母さんさ〜、玉ちゃんが強く思っているように、いい成果とか結果が全て、っておもってないんだよね。そりゃ、腫瘍が見つかって、子供が大きくなる前に自分が早く死んじゃうかもしれないと覚悟した時期があるから、死んだ後、少しでも困らないように早く成長してほしいっておもった過去はある。」
「でも、結果を出せ〜みたいなことって、そんなダイレクトに、一度も思ったことがないんだわ。お父さんは別かもしれないけど、少なくともお母さんそんなプレッシャーかけたことないよね?
したいということを、させてきただけなのは、知ってると思うけどさ。」
「だから、今日の波動の〇〇さんとの話のとき、赤ちゃん時代、たまちゃんがそうおもってしまった理由って....お母さんこれが原因かな、ってというこころあたりがあると思った。だからそのこと、あらためてお話しするね。」
そして、玉ちゃんが生まれる時に起きた事件のことを話しました。
妊娠四ヶ月の時腹痛がひどくて、流産かなにかじゃないかと心配で行った先の、新百合総合病院の産婦人科の先生に、お腹の子供を殺していいなら検査してあげると笑いながら言われて、ショックで、その後、トラウマになって、あらゆる病院にいけなくなってしまったこと。
そして、病院にいけなくなったからといって、生まなくちゃいけないんで、なんとか見つけたフリーランスの助産師さんに頼って、自宅出産を試みたんだということ。支えてくれる家族が少ない状況もあったので、より親身に色々教えてもらいたかったから。
でも、結局当日まで状況や出産の流れについての説明を十分に受けられないまま、出産日をむかえ、いよいよ陣痛が来た時、助産師さんの人格が急に変わったこと。助産師さんの二人組に、早く生むんだ、と責められたり、ときに叩かれたり、怒鳴りつけられたこと。それは20時間超えて、ますますひどくなって、プレッシャーをかけられ、イライラして、有無をいわせないようなかんじになり、サイコパス的な態度になっていった助産師さんに衝撃をうけたこと。
あとから、そんな助産師さんは、異常だということに気がついたけど、その出産最中は、初めての出産で、親もいなかったため、「これはおかしいよ」って止めてくれる周りの人がおらず、助産師さんに押し通されてしまい、痛み以上に助産師さんたちへの不信感が酷くなって危機感が募っていったけど、私としては、赤ちゃんの命をまもらなくてはいけない、産むまではこの状況にひたすら耐えるしかない、と堪え抜いたこと。
そして終わりの頃には、自宅出産の助産師さんたちに、赤ちゃんの心音が下がっているという情報もギリギリまで隠されていたことがわかったこと。
すぐに病院にいきたいとお願いしたけど、いくじなし、みたいに助産師さんたちに罵られ、陣痛で叫ぶと、うるさい!静かにしなさいと怒られたこと。
なんだかおかしいとおもったパパが、もういいです、病院につれていってください、と押し切らなければ、もしかしたら、子供が産道にはさまったまま、体力が持たなくて母子共にそのまま死んでいたかもしれなかったことなどなど。(※東京のいい加減なフリーの助産師さんにあたってしまったけど、初産だから判断できなかったし、途中でどうしようもなかったんですね。)
病院についてから、医師との連携契約をうちきられたくない東京のその助産師さんたちが、産科の医師に、このひとがわがままをいったからとか、産めるのに根性がなくて、とか嘘の状況を別室で説明しているのが聞こえて、その後、入ってきた医師に「出産をなめるなよ!」と、陣痛に耐えている私に、吐き捨てられるような言葉掛けがおこなわれたこと....。
今から思うと、今産もうとしている妊婦の足元を見た、虐待だったんですよ。でも誰にも訴える場所なんてないです。その体力も気力もなく、ショック状態。
そして、がんばっただけの料金はください、と助産師さんたちに言われ、高額なお金を請求されることになり、出産費用が2倍かかったこともおまけに付け加えます。(その事前説明すらなかった。)
「そして産後ね〜、その病院は空きがなくて、産んですぐそのまま自宅に帰った後は、顔を左から右に動かすことすらもできないほどの疲労で、お母さん、はっきりいって、3日間まったく動けなかったんだよね。子供を病院と助産師に殺されるんじゃないかってすごく不安でいっぱいで口がきけなかったよ。」
「だって、説明では、自宅出産だったら、妊婦のペースに合わせて自然に赤ちゃんを大事にした出産ができるって説明されてたからさ。
そして、命をまもってくれるはずのひとたちに、裏切られた!という衝撃と怒りで、お母さんはショックで心が壊れていたようなものだったんだよ。東京の市役所の人たちも、電話をしたけど、何一つ、手助けをくれなかったんだ。」
「自分で抱えるしかなくって、だから、うまれたタマちゃんに対しても、自分の判断力があまかったと、罪悪感とかもあってね。育てなくちゃいけないんだけど、これから育てていけるんだろうかって思ってたよ。だから、たまちゃんがそばにいても、何年もなんの反応もまともに返せなかった時期があったんだよね。そのあとも東京の幼稚園で酷い目にあったじゃない。京都ではまともな人が多いからホッとしたけど、東京はめちゃくちゃだった。とにかく、あの頃は、普通の状態じゃなかったんだよ。それ、覚えてる?」
「全然覚えてない。」と玉ちゃんは言いました。
「だけど、たまちゃんがなにかを頑張って、成長してできるようになったときは、やっぱりお母さんとしては嬉しい。だから、笑顔をみせるようにしてたんだよ。」
「でもあとは、知ってのように、産後半年経ってからさ、産後ケアもきちんとされなくて、お母さん下半身付随のようになったりもしたでしょ。ベビーカーを杖代わりにしないと歩けなかった。毎晩、痛みを泣きながら堪えて、眠れない中、子供をみてた毎日だったんだよね。あの時は骨折れたまま(あとでわかった)の激痛の中でも、サポートもないから家事も育児も四つん這いになりながら、こなしてたよ。顔を歪ませることができないから、あなたの前ではせめて無表情になるしかなかった。」
たまちゃんは、びっくりして、「そうだったんだ」と呟いた。
「だから、そんなおかあさんをみてた赤ちゃんのあなたは、成果をだしたときにしか、お母さんは反応を返してくれない、って思っても不思議ではない。」
「そのことが、あなたの中で、繋がっていなかったんじゃないかと思うんだけど、どう?」
幼稚園の頃、たまちゃんは、「お母さんのことが嫌いだった」「お母さんは冷たい人なんだと思っていた」と言ったことがありました。
それは、そんな母親の状況を理解することのできない、幼児の目線から思った正直な感想だったと思います。
そして、お母さんとの関係を良くするためには、結果を出さなくてはいけないと関心を向けてもらえない、そう思ってしまったのだとしたら、納得がいく話でした。
「だから、もうあなたは小学生で、ものも色々わかる年だから、あらためて話すけど、お母さんは限界点を超えに超えまくった状況であなたを育ててたんだ、という状況だったんだ、ということを話しておこうと思う。
それは、あなたが頑張っても、頑張らなかったとしても、変わらないあの時の現実だったんだよ。」
たまちゃんは、静かに聞きながら、学校の校門の前でぽろぽろ泣いていました。「お母さん...」
「続きは学校から帰ったあとね。」
そう言って、別れた午前中でした。
そして学校から帰宅したあと、玉ちゃんは私の顔を見るなり、こんなことを言い出しました。
「私、今日ね、学校の午後の授業をうけたら、突然腑に落ちたことがあったの。自分、なんか、すごく無理して生きてない?って思えてきたの。みんなから評価されなくちゃいけない、成果を出さなくちゃいけないって、どうして強迫観念のようにこれまで囚われていたんだろうか、って突然気がついたの。わたし、自分がやりたいようにやればいいだけで、実は誰の評価も関係なかったんだってことがわかってきて。」
「そしたら、なんて無駄な生き方をこれまでしてきたんだろう、って思って。あ〜もう、楽になろうって思えた。」
そして、ポロポロ涙をこぼしながら、
「お母さん、わたし、今素直に甘えたい。抱っこして。」と言ってきました。
波動調整の人には、「意味わかんない」とそっけなく答えていた玉ちゃんだったのですが、そんな回答がいきなり帰ってきたんですね。
あ、波動が変わった、なにかが起きた、と思いました。
いいよ、おいでと大きくなった子を抱っこして、頭をなでていたら、にこっと笑顔をみせたあと、玉ちゃんは、うわ〜ん!と急に大きな声で泣き始めました。玉ちゃんからみるみるうちに力が抜けていくのを感じました。
これまで新生児の時から、玉ちゃんを抱っこしても、抱っこしても、硬くて、全然気持ちよくない抱っこでおわった感がありました。そして、体重が見た目に対して、ちょっと軽いな、と感じていました。
でも、その時のたまちゃんは、ちゃんと肉体の中に適正重量がありました。自分の内側に意識がもどったのかな、と思います。たまちゃんから余分な硬さがぬけて、赤ちゃんや子供を抱っこしたあの柔らかい重みをようやく感じることができました。それは生まれて初めてのことでした。
ああ、そうか、この子は、母の必死さを毎日横目で見て育ちながら、身を固くして、心の深いところで、お母さんがこっちをむいてくれるには、成果をだしてお母さんを喜ばせなくちゃ、という緊張でいっぱいでいたのか、と思いました。
すさまじくドライで金とステイタスしか脳裏にない人たちが集まる東京の子育て環境の中、親だけでなく、子供の方も必死だったんだね....。
テディベアのようだった幼いたまちゃんの姿が脳裏に浮かび、ぎゅっと抱きしめました。
「いままで、大変だったね。もう、気を抜いても大丈夫。誰も何も要求なんかしてないよ。あなたのペースで生きればいいんだよ。できてもできなくても、お父さんもお母さんもあなたのことを大事に思う気持ちは何一つ変わらない。」と言いながら、いつまでも背中をとんとんしてあげていました。
自分もなにかが、完了した、という気分でした。
次の日の朝は、「お母さん〜なんか体の深いところから力が抜けちゃって、ものすごい疲労感なんだけど〜!」と言いながらも、いつもなにかで不満でいっぱいのツンツンした顔のたまちゃんではなく、子供らしいとっても可愛い自然な笑顔でした。たまちゃんが、外側の環境を自分なりに解釈して、背負ってしまった囚われが、今、解放されたサインに感じました。
そんなことがあって、玉ちゃんは大きな重荷を下ろすことができたわけですが、親の私としても、何か変だと思いつつ、子供がそんな強迫観念に似たような思いを背負っていたとは思っても見なかったので、ここでケアできて本当によかったと思いました。
もっと事態が深刻になってからでは、回り道も大変でした。
人には生まれついた性格からの思い癖、解釈の癖、みたいなものがあります。おさない子供はとくに、環境を事実から判断する認知が育っていないので、生まれてきたあとの環境が自分の思い通りにならなくて不安を感じた時、おまじないのように「理由」を見つけて安心しようとします。
お父さんとお母さんが喧嘩を辞めないのは、私が悪い子だからだ、とかいうように。直接の原因と関係がなくても、そういう理由を見つけることで、子供はこころを安定させようとし、その理由さえクリアできれば、もう脅かされる状況に立たされなくていい、と自分におまじないを唱えるのです。
それが大きくなってから、囚われになります。
タマちゃんの場合は、それは「私が成長の成果を見せれば、お母さんは喜んでくれて、私にお母さんが注目してくれる。」でした。
でも、私としては、注目したいけれども、のちに手術を必要とする重大な病気をたくさん抱えていたなかで、子供を置いて入院するわけにもいかずに必死の我慢の状況だったわけです。
このどうしようもない環境の状況の解釈の違いから、子供の中で自然に生まれてしまった「囚われ」でした。
便秘問題が、このような深い問題につながるとは思っていなかったんですが、たまちゃんの深いところから緊張感が抜けたため、少しは便秘も改善を見せると良いと思っています。
スピリチュアル運動家の並木良和さんは、前に、「相田みつをのように、人間だからね、神じゃないし、間違いもあるよ」っていうようなニュアンスの言い訳をやめるように言っていたことがありました。
スピリチュアルでは、そうなのかもしれません。
でも私はそれは、人を育てたことのない人の言葉だなぁ、と思います。
人間だからね、という言葉は、あらゆることを赦す、そんなニュアンスが強いと思います。こだわりや固着していたすべてのエネルギーをもう一度、自由にして、とまっていた流れをもう一度あらためて循環させよう、と手を離してながすような、そんなニュアンスがあると思います。
間違いも正解もない。
ただ、人間として、あるがままに生きていく。できれば明るい方向へ。
親子は、そうやって、お互い人間どうしの付き合いをして、歩んで行ってるのだと私は思います。
たまちゃんの主星・玉堂星は、慈愛の母のエネルギーをもつ意識の気です。
玉堂星は、幼子をジャッジしません。
普段は理性を保ちながらも、いざという時はその理性をかなぐりすてて、子供が子供であるというだけで、子供をかきいだくように愛すのです。
玉堂星は、そんな母の愛のエネルギーです。
その気の本質が、娘に伝えられたら、娘は主星・玉堂星として自分の人生を自分らしく発展させていくことができるでしょう。
これまでは、いろんな状況がかさなりあって、どうも親子間で、そこがうまく伝わっていなかったんですね。
私は心は男性性が非常に強いですが、もし男性であっても、シングルファザーであっても、玉堂星が宿命になかったとしても、玉堂星のエネルギーはだれもが子供に伝えられると思います。
なぜなら、算命学は、陽占5本能にでていない意識も、ひとは実は全て持っているのだ、という大前提があるからです。
すなわち、宇宙のすべてと繋がれる意識はどのひとの土台にもある。
それを意図的に意識的に使えるかどうかを示しているのが、陽占5本能なだけだからです。玉堂星がないので、龍高星がないので、母をやれません、母の愛は出せません、というわけでは決してないんです。
2025年は、愛に目覚める年。
あらゆるものを愛する意識に目覚める年だと思います。
我が家のちょっとした出来事でしたが、なにか気づきに繋がったり、ちょっと考えるきっかけにでもなってくれたら嬉しいです。