宇宙的には今、2024年秋はこれまでの自分を終焉させていく流れの中にあります。まさにこの画像のように、新しい地球と古い地球との完全な分離がはじまっていく時で、今さらといわれるかもしれないくらい、それはすでに始まっているのですが、ここから巨大なターニングポイントを迎える2025年に向けて、色々なことが現実にも起こってくることになります。
その中で、自分のエネルギーを温存しておきたいという思いがあったり、地球での自分の新たな枠組みをしっかり見据えていく必要があると感じたりもしています。
またプロファイリングは本業アドレスのほうで力を発揮していきたいという思いもあり、そういうわけで、ココナラからの鑑定ご依頼を休止することにしました。(再開は未定です。ブログの方は、今後もときどき気まぐれに書くかもしれません。)
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実は8月の31日になるかという深夜、十三年間連れ添った愛猫こはるが、特殊なガンのため急逝しました。癒しをくれ、気持ちを手助けしてくれた大事な家族です。
診断されてから、三ヶ月もたたないうちに、あっという間のお別れでした。手術で腫瘍を取りましたが、なんの猶予も与えず、取り除いた二週間目には、元の大きさの腫瘍へと成長し、彼女の気道を圧迫していきました。
手術が終わったら美味しいものをたくさん食べさせてあげようと待ち構えていたのに、ガンは大事な血管や神経系にまで逡巡し、いろうでしかもうご飯を飲み込むこともできませんでした。
なんの手立てもないまま、日に日に立ち上がれなくなり、最後は呼吸困難になって、喀血し、最後は苦しみの中、こはるは絶命しました。
天誅殺の健康中殺であり、彼女の肉体の納音の月で命を落とすことは予測はできていましたが、あまりにはやすぎました。
最後の呼吸の音は今でも耳に残っています。
時間ができたら、一緒に縁側でのんびりしたいなぁと思い、これまでなかなか相手をしてやることができないままだったので、いよいよ、秋からこはるとの時間を作ろうと思って準備していた矢先のことでした。
猫とは思えないくらい色々なことを話してくれていた子だったので、まだ喪失感を本当に受け入れているとは言い難く、まだ家のどこかに隠れているような気さえしてきます。
淡々と葬儀をこなしながら、色々な思いが浮かんできましたが、泣いても、まだ奥底の方から気持ちがちゃんと出てきていないのかもしれません。
ただ、この子を失って、一番重く、気付かされたのは、生き物の「命の短さ」でした。そして、自分たちだって、いつかこうなる日がくる。という恐れや不安でした。仏教学で死後の世界を学んでも、学んでも、未知の死の世界はたやすく受けとめられる精神状態になれるわけではありません。
そして人は執着を持ちますから、きっと直前になるほどにそうなんでしょう。
若い頃は、怖いと思うことはありませんでした。
でも歳をとった今は、怖い。
十人に一人が亡くなるという予言が世の中を出回っている通り、今ワクチン副作用のことや生活ストレス、経済的な不安感から、多くの人が肉体のバランスを崩しています。かつてないほどの巨大な環境変化にさらされているので、この先は、こはるのように、突然亡くなってしまう方も多くいると思うのです。それが、自分や配偶者でないとは言えません。
寿命は決まっているけれど、生きている間は、色々な要素が重なり、それがいつなのかは、だれにも特定できないからです。
病気か事故か、災害か、犯罪か、死に方だってわかりません。
そしてふと思いました。万一のそのときに、自分が前日までこの仕事をしていたいか、というと、人の役に立てますし、今の仕事も面白いのですが、それはそこまで優先したいことではなく、数をこなして、お金を稼ぐよりも、今はむしろ大事にしたい人たち・子供たちと関わっていたいと思いました。
こはるとの時間をつくれなかったように、子供たちのために時間をそそげないで後悔するのは嫌だな、と思いました。
それに、京都を見たり聞いたり勉強していく楽しさをもっとたくさん味合わなかったことやこの地球の様々なものを味合わなかったことのほうを、死に際になって、後悔するような気がするのです。
いつか、もうすぐ、とおもって先延ばしにしていたら、それをやろうと思った時には、遅い時がある。なら、変わるのは、今でしょ。
こはるが最後に教えてくれたのは、そんなことだったんじゃないか、とピカチュウとも話しました。惰性で流れていくまま、本当は重要じゃないものにとらわれていることに気がついたならば、今、ちょっとづつでも大事にしたいことに置き換えていく必要がある。
大事にしたいことを最優先にして生きたい。
人を手助けすることが嬉しかった人生から、自分を喜ばせて生きることを第一義として生きる人生へ変えていきたい。
そんなふうに思ったんですよね。
そしたら、ココナラで集客しなくても別に良いんじゃないか、と思えてきて、休止という結論になりました。
普通だと出会えない全国の様々な地域のクライエントさんにもインターネットを通して、宿命を通して出会えましたし、自分自身も大きな勉強になりました。
文章化するということは、頭の中で完全に整理できていないとできないことなので、技法として深く考えさせられたことも多いです。
まぁ、現時点の思いですから、いつか変わることもあるのかもしれませんが、おそらくここでココナラは一区切りになるのではないかと思います。
また違った形でどこかでプロファイリング(解析)活動している自分と出会うかもしれません。
ですから、この先は、自分の京都のコンサルティング事業と自分の時間とエネルギーを本当に大事にしたい対象へむけて大切にするということをまずは実行したいと思っています。
これまで、ココナラでご依頼いただいた方たち全てにお礼を申し上げます。
ありがとうございました。
実学算命学プロファイラー Jemmyでした。