イソップ寓話「酸っぱい葡萄」で読む、言葉に中身がある人・ない人
ご機嫌様です。まどかです。
― イソップ寓話に学ぶ「言葉の中身」 ―
「酸っぱい葡萄」は、イソップ寓話の中でもとても短い話です。
けれどこの物語は、人がどんな言葉を使って自分を扱うかを、鋭く描いています。
今回はこの「酸っぱい葡萄」を使って、
しゃべる人と伝える人の違いを見ていきます。
酸っぱい葡萄のあらすじ
ある日、キツネは高いところに実った立派な葡萄を見つけます。
何度も跳び上がって取ろうとしますが、葡萄には届きません。
何度挑戦しても取れないと分かったキツネは、最後にこう言います。
「どうせ、あの葡萄は酸っぱいに違いない。」
そう言って、葡萄から離れていきました。
キツネは失敗したのか?
この話はよく、
「手に入らないものを、価値のないものだと思い込む話」
として説明されます。
でも、キツネの問題は
葡萄を取れなかったことではありません。
問題は、
取れなかった現実を、言葉でごまかしたことです。
しゃべる人とは何か
この物語のキツネは、典型的な「しゃべる人」です。
行動は変えない
工夫もしない
誰かに頼ることもしない
その代わりに、言葉だけで結論を作る。
「どうせ酸っぱい」
という一言で、
◆欲しかった気持ち
◆届かなかった事実
◆自分の悔しさ
すべてをなかったことにします。
これは、
現実を伝える言葉ではなく、自分を守るためのおしゃべりです。
もしキツネが「伝える人」だったら
もしキツネが「伝える人」だったら、選択肢は他にもありました。
◆行動を変える
梯子を探す
◆別の方法を考える
背の高い動物に協力を頼む
◆選択を変える
「あの葡萄はおいしそうだ。でも今は無理だ」と認める
別の果物を探しに行く
この場合、キツネは
葡萄の価値も、自分の価値も下げていません。
伝える人は、
言葉で現実をねじ曲げるのではなく、
現実をそのまま受け取り、次の行動につなげます。
しゃべる人と、伝える人の決定的な違い
◆しゃべる人
言葉で失敗を処理する
自分を守るために話す
中身よりも結論を急ぐ
◆伝える人
言葉で現実を整理する
次に進むために話す
結論よりも状況を伝える
キツネは「よくしゃべった」かもしれません。
でも、その言葉は何も前に進めていない。
酸っぱい葡萄が教えてくれること
この寓話が教えているのは、
「欲張るな」でも
「諦めろ」でもありません。
言葉で自分をだまさないこと。
できなかったなら、できなかったと伝える
欲しかったなら、欲しかったと認める
その上で、
行動を変えるか、選択を変えるかを決める。
それが「伝える人」の姿です。
まとめ
「酸っぱい葡萄」のキツネは、
しゃべることで自分を納得させた人でした。
でも私たちは、
事実をそのまま受け取り
自分に嘘をつかず
次につながる言葉を選ぶ
伝える人になることができます。
この短い寓話は、
「言葉が多いか少ないか」ではなく、
言葉に中身があるかどうかを問いかけているのです。
今日のお話はいかがでしたか?
心がそっと揺れるような気づきが、ひとつでもあったならうれしく思います。 あなたの心は、その思いに気づいてもらえる日を、そっと待ち続けています。いつまでも。
心音 まどか