彼が空を飛ぶことを思ったとき、いちばんの問題がありました。
それは、彼のまわりの誰も、飛び方を知らなかったことです。
軽業師もブランコのりも、空中で軽やかに跳ぶ方法は知っていても、空にとどまる方法は知りません。
超人の集まるサーカスの中ですら、空を飛ぶことは、とても特殊なことだったのです。
彼は途方に暮れました。
やり方を知らなければ、できるはずもありません。
彼は毎日を、いたずらに練習に費やして、成果のなさに焦っていました。
それはある日の夜でした。
夜に目を覚ましてしまった彼は、テントの切れ間から差し込む月光に目を細め、うとうとと記憶をたどっていました。
彼は母親を知りません。
気がついたらサーカスにいたからです。
けれど、さっき、母親の夢を見たような気がしたのです。
それは深い峡谷で、空を滑らかに滑空するおとなのドラゴンでした。
自分は崖の上にいて、その姿が大きくなるのをじっと見ています。
その姿は、飛ぶというより、空に座っているようなのでした。
おとなのドラゴンは、時折ばさりと翼をはためかせ、ぐんぐんと近づいてきました。そうして崖の上に、優雅に着地します。
彼はそのとき、気がつきました。
空の飛び方を、自分がずっと知っていたことを。