離婚後の風景

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 40代半ばで再び一人になったわたしですが、そのあとが結構つらかったです。50歳過ぎるまで女性とは一切お付き合いしませんでした。でも、あきらめつかずにマッチングアプリとかいろいろやっていましたね。結婚相談所にも2カ所に登録しました。ただ、空いた穴を埋めればそれで良いんだというわたし自身の安易な解決法でした。結婚相談所では30人くらいとお見合いしましたかね? でもフラれてばかりでした。相手もよく見ると利己的で、見た目、年収、自分と同じでした。40代の未婚者が驚くほどいることに気が付きました。わたしのような離婚者も少なくなかったです。でもわたしは「バツ2」だったんで断然不利でした。とりあえず動機は不純でした。

 わたしはお酒が大好きで、家でもいつも飲んでいました。ビール、焼酎、ワイン、日本酒。アルコールが入っているものならなんでも飲みました。生活は投げやりでしたね。仕事は続けていました。でも、家にいると時々消えたくなるんです。酒はこれを助長しました。風呂に入ってシャワーを浴びて、何とか気分を変えたりしてました。それで、「これではダメだな」と考え、実家に戻ることにしました。実に20年ぶりの帰郷です。
 帰ってからは、地元の精神科の病院に勤務しました。その病院にはグループホームが2つ附属されていて、ひとつは認知症、もう一つは障がい者向けでした。最初は、認知症向けのグループホームに所属しました。介護のやり直しですね。体が痛くて痛くて、とにかくつらかったです。もうすっかり、現場のおばさんたちが取り仕切っていて、わたしの入る余地はないように思われました。夜勤もつらかったです。時間が長い長い……。
 それで、当時の事務長が大変理解のある人で、わたしを障がい者のグループホームの方へ異動させてくれました。(感謝ですね)
 それから、福祉のもう一方の世界「障がい者福祉」への目が開けました。わたしはすぐに「サービス管理責任者」の研修を受け、再び責任者になりました。もう入居者が少なくて潰れる寸前だったので、営業して満室にもしました。毎日のお料理当番、毎月楽しくレクリエーション、週1回のミーティングなどをやり、入居者さんと楽しく時間を過ごせました。

 でも、それだけでは満足できないのがわたしの業(ごう)なんですよね。わたしは3年くらいで北海道の小さな田舎町(人口7万人くらい)の街に飽きてきました。友達もひとりも出来なかったです。
 そして、再び札幌へ!
新しい道へと1歩を踏み出しました。
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