誰かに優しくされたり、温かい言葉をかけてもらった瞬間、なぜか心の中に小さな引っかかりを感じてしまうことってありませんか。
「こんなに親切にしてくれるなんて、何か裏で目論んでいるんじゃないか」「あとで何か見返りを求められるんじゃないか」と、素直に喜ぶどころか警戒心を強めてしまう。
そんな自分に気づいたとき、「どうして自分はこんなにひねくれているんだろう」「せっかくの優しさを素直に受け取れないなんて嫌な人間だな」と、自分自身を責めて落胆してしまうこともあるかもしれません。
でもね、まず一番にお伝えしたいのは、あなたが決して「ひねくれた嫌な人間」ではないということです。
僕はいろんな悩みと向き合ってきましたが、実はこのような悩みを抱えている方はとてもたくさんいらっしゃいます。
人の優しさを疑ってしまうのは、あなたが意地悪だからでも、心がねじ曲がっているからでもありません。
それは、あなたの心が「これ以上、自分が傷つかないように」と必死に働かせている防衛本能なんです。
過去に、信じていた人に裏切られた経験があったり、優しくされた後に傷つくような出来事があったりしたのかもしれません。
あるいは、親切の裏にある影に怯えなければいけないような、悲しい出来事や厳しい環境を生き抜いてきた証でもあります。
一度傷ついた経験があると、脳は「もう二度とあの痛みを味わわせたくない」と学習します。
だから、誰かの優しさに触れたとき、先に「裏があるかもしれない」と疑うことで、万が一裏切られたときのショックを和らげようと準備してしまうのです。
つまり、疑うという行為は、あなたが自分自身の心を守るために作ってきた精一杯の「心の鎧」なんですよね。
だからまずは、「ああ、自分はまた一生懸命に自分の心を守ろうとしてくれているんだな」と、その警戒心に「ありがとう」と声をかけてあげてほしいのです。
自分の反応を「ひねくれている」と責める必要はどこにもありません。
それくらいあなたは、これまで自分の心を大切に守りながら頑張って生きてきたのですから。
もし誰かの優しさに触れて「裏があるのかな」と疑いが湧いてきたら、無理に「信じなきゃ!」と自分に言い聞かせる必要はありません。
無理に素直になろうとすると、かえって心が疲れてしまいます。
そんなときは、「裏があってもなくても、今この瞬間に相手がくれた言葉や行動そのものは優しさだったな」と、事実だけをふんわり受け止めてみてください。
「裏で何を考えているかはわからないけれど、受け取ったお菓子はおいしいな」「言葉の意味は深く考えないでおいて、とりあえず『ありがとう』とだけ言っておこう」というくらいで十分なんです。
相手の真意を100%暴く必要もありませんし、相手の気持ちをすべて信用して自分の心を差し出す必要もありません。
ただ、「今の優しさ」だけをサッと受け取って、あとはそっと横に置いておく。
それくらい軽やかな距離感でいるほうが、あなたの心もずっと楽になります。
優しさを素直に受け取れない自分を責めなくて大丈夫です。
少しずつ、少しずつで大丈夫ですから、小さな親切を「ただの事実」として受け取る練習をしていきましょう。
あなたが自分の心を安心して開ける日が来るのを、温かい気持ちで見守っていますね。