「私には何もないんです」
「私、結局何の専門性もないんです」
ユキはそう言って、小さくため息をついた。
画面の向こうで、彼女は少し疲れた表情を浮かべている。オンラインでのカウンセリングは2回目だ。初回は緊張していた様子だったが、今日は少しリラックスしているように見える。手元にはノートがあり、前回話したことをメモしているようだ。
ダイキ「専門性がない、ですか」
ユキ「はい......大学を出てから、もう10年以上経つんですけど、ずっといろんな仕事を転々としてきて。デザインもやったし、接客もやったし、事務もやったし、最近は教育系の仕事も少しだけ......」
彼女の声は次第に小さくなっていく。ダイキは静かに耳を傾けた。
ユキ「でも、どれも中途半端なんです。専門学校出た友達はWebデザイナーとして活躍してるし、大学の同期は保育士として10年以上のキャリアがあって。私だけが、何というか......何者でもない感じで」
ダイキ「何者でもない、と感じるんですね」
ユキ「そうなんです。『あなたの専門は?』って聞かれると、答えられなくて。履歴書も書くたびに『この職歴の多さ、マイナスだよな』って思っちゃうんです」
彼女は自分のノートを見下ろした。そこには、これまでの職歴がびっしりと書かれていた。
ユキ「面接でも、『なんでこんなに職を変えてるんですか』って聞かれると、言葉に詰まるんです。『飽きっぽいんですか?』『続かないタイプですか?』って......」
ダイキ「それは辛いですね」
ユキ「......はい」
少しの沈黙が流れた。ユキは目を伏せたまま、何かを堪えているようだった。
手持ちのカードを並べてみる
ダイキ「ユキさん、少し質問してもいいですか」
ユキ「はい」
ダイキ「これまでやってきたことを、少し詳しく聞かせてもらえますか。デザインの仕事では、具体的にどんなことをしていたんですか?」
ユキ「デザインは......最初に入った会社で、チラシとかWebのバナーを作ってました。Illustratorとか使って。あと、SNSの投稿画像も作ったり」
彼女は少しずつ、自分の経験を思い出していくように話し始めた。
ユキ「最初は全然できなくて、先輩に『センスないね』って言われたこともあったんですけど......でも、クライアントさんから『このデザイン、すごくいいです!』って言われたときは嬉しかったな」
ダイキ「クライアントさんに喜ばれた経験があるんですね」
ユキ「はい。でも、その会社は2年で辞めちゃったんです。人間関係がうまくいかなくて......」
ダイキ「そうだったんですね。接客の仕事は、どうでしたか?」
ユキ「カフェで3年くらい働いてました。その後、アパレルでも少し。接客は......楽しかったですよ。お客さんと話すのが好きで」
ダイキ「お客さんと話すのが好きだった」
ユキ「はい。常連さんとか、『いつもありがとう』って言ってくれて。あと、新人の子に教えることも多かったです」
ダイキ「新人さんに教えていたんですね」
ユキ「はい。マニュアル読んだだけじゃわからないこととか、丁寧に教えてました。『ユキさんの教え方、わかりやすいです』って言われたこともあって」
ダイキ「教えるのが得意だったんですね」
ユキ「......そうですね、得意だったのかも。でも、接客も結局、体力的にきつくなって辞めちゃったんです」
ダイキ「事務の仕事は?」
ユキ「小さい会社で、経理の補助とか、採用の手伝いとか......いろいろやってました。請求書作ったり、給与計算の補助したり、求人サイトに募集出したり」
ダイキ「幅広くやっていたんですね」
ユキ「はい。でも、それも1年半くらいで......社長と合わなくて」
ダイキ「教育系の仕事は?」
ユキ「知り合いの塾で、中学生に勉強を教えてたんです。半年くらいですけど。数学と英語を教えてました」
ダイキ「中学生に教えるのは、どうでしたか?」
ユキ「......楽しかったです。生徒が『わかった!』って言ってくれる瞬間が好きで。でも、塾の経営が厳しくなって、契約が終わっちゃって」
彼女は少し寂しそうに笑った。
ダイキは少し間を置いてから、ゆっくりと言葉を選んだ。
ダイキ「ユキさん、今お話を聞いていて思ったんですけど......ユキさんは『何もない』というより、『いろんなものを持っている』ように聞こえるんですが」
ユキ「え......?」
彼女は少し驚いた表情を見せた。目を見開いて、ダイキを見つめた。
ユキ「でも、どれも中途半端で......専門じゃないし」
ダイキ「中途半端、というのはユキさんの見方ですよね。もし、視点を変えて見たら、どう見えるでしょう?」
ユキは少し考えるように、視線を落とした。窓の外を見るような、遠い目をしていた。
専門性という呪縛
ダイキ「ユキさんは、『専門性』というものを、どんなふうにイメージしていますか?」
ユキ「専門性......ですか。うーん......一つのことを深く極めている、みたいな?」
ダイキ「一つのことを深く、ですね」
ユキ「はい。10年とか、ずっと同じ仕事をしてきて、その分野のプロフェッショナルになってる人、みたいな。『この人に任せれば大丈夫』って言われるような」
ダイキ「なるほど。じゃあ、ユキさんにとって、専門性がないというのは......」
ユキ「私は......あちこちふらふらしてきたから、何も極められてない。だから、専門家じゃない。プロじゃない。そういう感じです」
彼女の言葉には、自分を責めるような響きがあった。拳を軽く握りしめている。
ダイキ「ユキさん、もしかして、『一つのことを続けなきゃいけない』って思っていませんか?」
ユキ「......はい、思ってます。だって、そうしないとプロになれないし、認められないし」
彼女は少し声を震わせながら続けた。
ユキ「友達とか、同期とか、みんなちゃんと専門を持ってるんです。『私はWebデザイナーです』『私は保育士です』って、ちゃんと名乗れる何かを持ってる。でも私は......『私は何です』って、言えないんです」
ダイキ「言えない、と」
ユキ「はい。だから、同窓会とか、行きづらくて。『今、何してるの?』って聞かれるのが怖くて」
彼女は目を伏せた。
ユキ「この前も、友達から『ユキは今、何の仕事してるの?』って聞かれて、『いろいろ......』って濁したら、『ふーん、まだ落ち着いてないんだ』って言われて。それが......すごく辛くて」
ダイキ「辛かったんですね」
ユキ「......はい」
少しの沈黙が流れた。ユキは涙を堪えているようだった。
ダイキ「ユキさん、『落ち着く』って、どういうことだと思いますか?」
ユキ「え......?」
ダイキ「友達が言った『落ち着く』って、どういう意味だったんでしょう」
ユキ「......一つの仕事を、長く続けること、ですかね。安定すること」
ダイキ「一つの仕事を長く続けることが、『落ち着く』こと」
ユキ「はい......そう思います」
ダイキ「でも、それって、本当にユキさんが望んでいることなんでしょうか」
ユキ「......」
彼女は言葉に詰まった。何かを考えているようだった。
レモンが来たらレモネードを作る
ダイキは少し間を置いてから、静かに言葉を続けた。
ダイキ「ユキさん、『人生がレモンをくれたら、レモネードを作れ』っていう言葉、聞いたことあります?」
ユキ「あ、はい。何となく......ネガティブなことをポジティブに変えるみたいな?」
ダイキ「そうですね。この言葉、実はビジネスの世界でもよく使われるんです。『手持ちのもので、何ができるか考える』という意味で」
ユキ「手持ちのもので......」
ダイキ「例えば、起業家の人たちは、『何ができるか』ではなく、『今、自分が持っているもので、何ができるか』を考えるんです」
ユキ「今、持っているもので......」
ダイキ「はい。『自分が誰で、何を知っていて、誰を知っているか』──この3つから始める、という考え方があるんです」
ユキ「3つ......」
ダイキ「ユキさんは今、『専門性がない』って感じていますよね。でも、視点を変えると、ユキさんは『デザインもできる、接客もできる、事務もできる、教えることもできる』んです」
ユキ「......」
ダイキ「それって、すごいことだと思いませんか?」
ユキは少し考え込んだ。
ユキ「でも......それって、バラバラですよね。つながってない」
ダイキ「バラバラ、ですか」
ユキ「はい。デザインと接客って、全然違うし。事務も教育も、別々の仕事で。それを組み合わせて、何ができるんだろうって......」
ダイキ「もし、『何か一つの専門を持たなきゃ』という枠を外したら、ユキさんの経験って、どんなふうに見えますか?」
ユキは少し考え込んだ。その沈黙は、決して重いものではなく、何かを考えているときの、静かな集中のようだった。
ユキ「......確かに、いろんなことを、やってきましたね」
ダイキ「はい。そして、それぞれの経験から、ユキさんは何かを学んできたはずです」
ユキ「学んできたこと......」
彼女は自分のノートを見つめた。
ユキ「デザインからは、見せ方とか、伝え方を学んだかな。接客からは、人とのコミュニケーション。事務からは、数字の管理とか、採用の流れとか......」
ダイキ「教育からは?」
ユキ「教え方......ですかね。どうやったら、わかりやすく伝えられるか、とか」
レモンがレモネードに変わる時
ダイキ「ユキさん、ちょっと想像してみてください」
ユキ「はい」
ダイキ「もし、ユキさんが、『子ども向けのデザイン教室』を開くとしたら、どんなスキルが必要でしょう?」
ユキ「え、デザイン教室......?」
彼女は少し驚いたような表情を見せた。
ユキ「うーん、デザインのスキルと、教えるスキル、ですかね」
ダイキ「そうですね。他には?」
ユキ「あとは......子どもとのコミュニケーション? 教室の運営とか?」
ダイキ「教室を運営するには、何が必要でしょう」
ユキ「えっと......場所を借りたり、生徒を募集したり、お金の管理をしたり......」
彼女は少しずつ、頭の中で整理しているようだった。
ダイキ「それ、ユキさん全部持ってますよね」
ユキ「......あ」
その瞬間、ユキの表情が変わった。目が少し大きくなり、口が少し開いた。
ユキ「......本当だ」
彼女は自分のノートを見下ろした。
ユキ「デザインもできるし......塾で教えた経験もあるし......カフェで接客してたから、子どもとも話せるし......」
ダイキ「事務の経験もありますよね。教室の運営には、経理や採用の知識も役立ちそうです」
ユキ「そっか......私、全部持ってるんだ」
彼女の声が、少しだけ明るくなった。そして、少しの沈黙の後、彼女は小さく笑った。
ユキ「なんか......不思議な感じです」
ダイキ「不思議?」
ユキ「はい。さっきまで、『私には何もない』って思ってたのに、今は『あれもある、これもある』って思えて」
ダイキ「視点が変わったんですね」
ユキ「はい......」
彼女は少し涙ぐんでいた。
ユキ「ずっと、『専門性がない』ことが、コンプレックスだったんです。友達と比べて、『私だけ何もない』って思ってた。でも......実は、いろんなものを持ってたんですね」
ダイキ「そうですね」
ユキ「バラバラだと思ってた経験が......実は、つながってた」
彼女は涙を拭いながら、笑った。
「外適応」という力:既存のものを新しい用途に
ダイキ「ユキさん、『外適応』っていう言葉、聞いたことあります?」
ユキ「いえ、初めて聞きます」
ダイキ「これは、元々は生物学の言葉なんですけど、『本来の目的とは違う用途に、既存のものを転用する』という意味なんです」
ユキ「転用......」
ダイキ「例えば、鳥の羽は元々は体温を保つためのものだったけど、それが飛ぶために使われるようになった。羽自体は変わってないけど、使い方が変わったんです」
ユキ「へえ......面白いですね」
ダイキ「他にも、シマウマの縞模様は、元々は体温調節のためだったという説があるんですけど、それが結果的に捕食者から身を守るのに役立っている、とか」
ユキ「なるほど......本来の目的とは違う使い方をしている、ってことですね」
ダイキ「そうです。そして、この考え方は、ビジネスや人生にも応用できるんです」
ユキ「人生にも......?」
ダイキ「はい。ユキさんの経験も、もしかしたら同じかもしれません」
ユキ「私の経験......」
ダイキ「デザインのスキルは、元々はチラシを作るためのものだったかもしれないけど、それを『子どもに教える』という新しい用途に使えるかもしれない」
ユキ「......」
ダイキ「接客のスキルは、お客さんに商品を売るためのものだったかもしれないけど、それを『子どもや保護者とコミュニケーションを取る』ために使えるかもしれない」
ユキ「確かに......」
ダイキ「事務のスキルは、会社のために使っていたかもしれないけど、それを『自分の教室を運営する』ために使えるかもしれない」
ユキ「......そうか」
彼女は少しずつ、何かに気づいていくようだった。
ダイキ「専門性がない、って感じていたことが、実は『いろんな用途に使える経験』だった、っていうことですね」
ユキ「......なるほど」
ユキは少し考えてから、小さく笑った。
ユキ「確かに......専門性がないからダメだって、勝手に決めつけてました。でも、専門性がないからこそ、いろんなことに使えるのかもしれないですね」
ダイキ「そうですね。『これしかできない』じゃなくて、『これもできる、あれもできる』って」
ユキ「はい......」
手段の目的化からの解放
しばらくして、ダイキはもう一つ質問をした。
ダイキ「ユキさん、もう一つ聞いてもいいですか」
ユキ「はい」
ダイキ「ユキさんは、なぜ『専門性を持たなきゃ』って思うようになったんでしょう」
ユキ「なぜ......ですか」
彼女は少し考えた。
ユキ「......多分、周りがみんな、専門職として働いてるからだと思います。『私も何かの専門家にならなきゃ』って」
ダイキ「専門家にならなきゃ、と」
ユキ「はい。それが、普通だと思ってました。学校でも、『手に職をつけなさい』って言われたし、親にも『ちゃんとした仕事につきなさい』って言われて」
ダイキ「『ちゃんとした仕事』......」
ユキ「はい。専門性のある仕事、っていう意味だと思います」
ダイキ「ユキさんにとって、『専門家になる』っていうのは、何のためだったんでしょう」
ユキ「何のため......」
彼女は言葉に詰まった。しばらく沈黙が続いた。
ユキ「......わからないです」
彼女の声は小さかった。
ユキ「でも、専門家じゃないと、認められないというか、価値がないというか......そう思ってました」
ダイキ「認められるために、専門家になる必要がある、と思っていたんですね」
ユキ「......はい」
ダイキ「でも、もしかしたら、『専門家になること』が目的になってしまっていたのかもしれませんね」
ユキ「......」
ダイキ「本当は、『自分らしく働く』とか、『誰かの役に立つ』とか、『楽しく仕事をする』とか、そういうことが目的だったのかもしれない」
ユキ「......」
彼女は何も言わなかった。ただ、涙が一筋、頬を伝った。
ユキ「......私、ずっと、専門家にならなきゃって思ってたけど......」
彼女の声は震えていた。
ユキ「本当は......ただ、楽しく働きたかっただけなのかもしれない」
涙がポロポロと溢れてきた。
ユキ「友達と比べて、『私は何もない』って思って......焦って......でも、本当は......」
彼女は言葉に詰まった。
ユキ「本当は、私は私のままでよかったのかもしれない」
ダイキはただ、静かに頷いた。
しばらくの間、沈黙が流れた。それは、決して気まずい沈黙ではなく、何かが溶けていくような、静かな時間だった。
ユキは涙を拭いながら、少しずつ呼吸を整えていった。
ユキ「......すみません。泣いちゃって」
ダイキ「いえ、大丈夫ですよ」
ユキ「なんか......ずっと、自分を縛ってたものが、溶けていくような感じがします」
ダイキ「そうですか」
ユキ「はい。『専門性がなきゃダメだ』って、ずっと自分に言い聞かせてきたけど......それが、実は自分を苦しめてたんですね」
ダイキ「気づかれたんですね」
ユキ「はい......」
未来への一歩:手持ちのカードで何ができるか
しばらくして、ユキは涙を拭いながら、少し笑った。
ユキ「なんか、肩の荷が下りた感じです」
ダイキ「そうですか」
ユキ「はい。専門性がないことが、ずっとコンプレックスだったんですけど......それが、実は強みだったなんて」
ダイキ「強みですね」
ユキ「これから、どうしようかな......」
彼女は少し考えるように、天井を見上げた。
ダイキ「どうしたいですか?」
ユキ「......まずは、自分が持ってるものを、ちゃんと見てみようと思います。で、それをどう使えるか、考えてみたいです」
ダイキ「いいですね」
ユキ「さっき話した『デザイン教室』っていうアイデア、ちょっと面白いなって思って。実際にできるかわからないけど、調べてみようかな」
ダイキ「調べてみる、いいですね」
ユキ「あと......今までは、『何か一つの専門を持たなきゃ』って思ってたから、いろんな仕事を『中途半端』って思ってたんですけど」
ダイキ「はい」
ユキ「これからは、『いろんな経験をしてきた』って、前向きに捉えてみようと思います」
ダイキ「前向きに、ですね」
ユキ「はい。履歴書を書くときも、『私はいろんなことができます』って、自信を持って書けそうな気がします」
ダイキ「素晴らしいですね」
ユキ「あと、友達に会うのも、もう怖くないかもしれない。『今、何してるの?』って聞かれても、『いろんなことをやってるよ』って、自信を持って言えそうです」
彼女の表情は、最初に会ったときとは全く違っていた。目には、希望のようなものが灯っていた。
ダイキ「ユキさん、最後に一つだけ」
ユキ「はい」
ダイキ「ユキさんがこれから何かを始めるとき、『専門家にならなきゃ』って思わなくていいんです。『自分が持っているもので、何ができるか』を考えてみてください」
ユキ「......はい」
ダイキ「人生がレモンをくれたら、レモネードを作る。ユキさんは、もうレモンをたくさん持っています」
ユキ「......ありがとうございます」
彼女は、涙を浮かべながら笑った。
対話を終えて
カウンセリングが終わった後、ダイキは少し考えた。
「専門性がない」と感じる人は多い。しかし、それは視点の問題なのかもしれない。
専門性を追い求めることが悪いわけではない。しかし、それが唯一の道ではない。
手持ちの資源──自分が誰で、何を知っていて、誰を知っているか──これらを組み合わせることで、予想もしなかった道が開けることがある。
外適応の力は、「これしかできない」という制約がない人ほど、発揮しやすい。
専門性がないと感じている人ほど、実は自由なのだ。
ユキは、これから自分の道を歩いていくだろう。それがどんな道になるかは、まだわからない。でも、彼女は今、自分の手持ちのカードを見ることができた。
それが、最初の一歩だ。
まとめ
専門性という呪縛から解放される
「専門性がない」と感じることは、多くの人が抱える悩みです。特に、様々な職を経験してきた人ほど、「自分には何もない」と感じやすい傾向があります。
しかし、視点を変えれば、それは「多様な経験を持っている」ということでもあります。問題は、「専門性」という一つの尺度だけで、自分を評価してしまっていることなのです。
エフェクチュエーションの視点──手持ちの資源から始める
エフェクチュエーションとは、起業家研究から生まれた考え方で、「手持ちの資源から始める」ことを重視します。
具体的には、以下の3つの問いから始めます:
Who you are(あなたは誰か) ──あなたの性格、価値観、バックグラウンド
What you know(あなたは何を知っているか) ──あなたの知識、スキル、経験
Whom you know(あなたは誰を知っているか) ──あなたの人脈、つながり
これらを組み合わせることで、予想もしなかった道が開けることがあります。
重要なのは、「何ができるべきか(What should be)」ではなく、「今、手持ちのもので何ができるか(What can be)」を考えることです。
外適応の力──既存のものを新しい用途に
外適応(exaptation)とは、元々は生物学の用語で、「本来の目的とは違う用途に、既存のものを転用する」ことを指します。
例えば:
鳥の羽は、元々は体温調節のためだったが、飛ぶために使われるようになった
シマウマの縞模様は、体温調節のためだったが、捕食者から身を守るのに役立っている
この考え方は、人生やキャリアにも応用できます。
デザインのスキルは、チラシを作るためだけでなく、教えるためにも使える。 接客のスキルは、商品を売るためだけでなく、コミュニケーションを取るためにも使える。 事務のスキルは、会社のためだけでなく、自分の事業を運営するためにも使える。
専門性がないと感じている人ほど、実はこの外適応の力を発揮しやすいのです。
なぜなら、「これしかできない」という制約がないからです。様々な経験を、自由に組み合わせることができるのです。
手段の目的化──「専門家になること」が目的になっていないか
多くの人は、「専門家になること」が目的になってしまっていることがあります。
本来の目的は、「自分らしく働く」「誰かの役に立つ」「楽しく仕事をする」といったことだったはずなのに、いつの間にか「専門家になること」自体が目的になってしまうのです。
これを「手段の目的化」と言います。
もし、あなたが「専門性がない」と感じているなら、一度立ち止まって考えてみてください。
なぜ、専門性が必要だと思うのか?
専門家になって、何を実現したいのか?
本当に、専門性がなければダメなのか?
あなたの「雑多な経験」は、最強の武器
履歴書に書かれた「転職の多さ」は、見方を変えれば「多様な経験」です。 「中途半端」と感じているスキルは、見方を変えれば「いろんなことができる」です。 「専門性がない」と感じていることは、見方を変えれば「自由に組み合わせられる」です。
あなたが「何もない」と思っているものは、実は「いろんなものがある」のかもしれません。
大切なのは、手持ちのカードを並べてみることです。
あなたは誰ですか?
あなたは何を知っていますか?
あなたは誰を知っていますか?
そして、それらを組み合わせて、「何ができるか」を考えてみてください。
人生がレモンをくれたら、レモネードを作ればいいのです。
あなたの「雑多な経験」は、実は最強の武器なのです。
カウンセリングを通じて
カウンセリングの現場では、「専門性がない」と悩む人に多く出会います。
しかし、対話を通じて、その人の経験を丁寧に聞いていくと、実は多くのものを持っていることがわかります。
問題は、「専門性」という一つの尺度だけで、自分を評価してしまっていることです。
視点を変えれば、見え方は変わります。
あなたも、一度、自分の手持ちのカードを並べてみてください。
そこには、あなたが気づいていなかった宝物が、たくさん眠っているかもしれません。