相手を感心させ続けることの重さ
カウンセリングルームに入ってきたタクヤさんは、きちんとアイロンのかかったシャツに、清潔感のある髪型。第一印象は「しっかりした人」だった。
しかし、椅子に座った瞬間、その表情に深い疲労が浮かんだ。
ダイキ「今日はどんなことでお話ししたいですか?」
タクヤさんは少し間を置いてから、ゆっくりと口を開いた。
タクヤ「......疲れたんです。自分を磨くことに」
ダイキ「磨くこと、ですか」
タクヤ「はい。婚活を始めて数年経つんですけど、ずっと自分を良く見せようと頑張ってきて。外見も、会話も、知識も。でも最近、もう限界かなって......」
タクヤさんは、これまでの婚活での努力を語り始めた。週3回のジム通い、毎月のセミナー参加、読書、資格取得。すべては「魅力的な男性」になるため。
ダイキ「たくさん努力されてきたんですね」
タクヤ「でも、うまくいかないんです。デートは続くんですよ。でも、その先に進まない。女性から『いい人ですね』って言われて終わり」
彼の声には、言葉にならない苦しさがにじんでいた。
求愛ディスプレイという罠
ダイキ「タクヤさんは、デートの時、どんなことを意識していますか?」
タクヤ「そうですね......相手を楽しませること、ですかね。面白い話をしたり、知識を披露したり、レストランも評判のいいところを選んで。相手に『この人すごい』って思ってもらえるように」
ダイキ「なるほど。相手を感心させることを意識しているんですね」
タクヤ「はい。それが大事だと思って。自己啓発の本にも、恋愛セミナーでも、『価値ある男性になれ』って書いてあるし」
ダイキ「それを続けていて、タクヤさん自身はどう感じていますか?」
タクヤさんは、少し考えてから答えた。
タクヤ「......正直、しんどいです。デートの前は毎回、『今日はどんな話をしようか』『どうやって盛り上げようか』って準備するんですけど、それがプレッシャーで。デート中も、『今のジョーク、受けたかな』『つまらないと思われてないかな』ってずっと気にしてて」
ダイキ「ご自分を演じているような感じでしょうか」
タクヤ「......そうかもしれないです」
その言葉を口にした瞬間、タクヤさんの目に涙が浮かんだ。
タクヤ「僕、ずっと演じてたんです。本当の自分なんて、誰にも見せてない。見せたら、きっと嫌われるって思って......」
過去に作られた「価値観」
ダイキ「タクヤさんが『自分を良く見せなきゃ』って思うようになったのは、いつ頃からですか?」
タクヤ「......たぶん、学生の頃からですかね」
タクヤさんは、幼少期の記憶を語り始めた。
両親は共働きで忙しく、家では「成績がいいこと」「人に迷惑をかけないこと」が何より大切にされていた。感情を出すと「わがままだ」と叱られ、泣くと「男の子なんだから」と言われた。
タクヤ「だから、いつも『いい子』でいなきゃって思ってました。親に認めてもらうために」
ダイキ「認めてもらえましたか?」
タクヤ「......いや、あんまり。成績がいいのは当たり前、みたいな感じで。褒められた記憶がほとんどないんです」
そうして彼は、「価値を示さなければ認めてもらえない」という信念を内面化していった。それは大人になっても続き、職場でも、そして恋愛でも、同じパターンを繰り返していた。
ダイキ「今の婚活でも、『価値を示さなきゃ』って感じているんですね」
タクヤ「......はい。でも、もう疲れました。どれだけ頑張っても、認めてもらえない。選んでもらえない」
気づきの瞬間
ダイキ「タクヤさん、一つ聞いてもいいですか。これまでデートした女性の中で、タクヤさんが『この人いいな』って心から思った人はいましたか?」
タクヤさんは、しばらく黙り込んだ。
タクヤ「......いや、あんまりいないかもしれないです」
ダイキ「それはなぜでしょう」
タクヤ「だって、僕は『選ばれる側』だから。相手に気に入ってもらうことで精一杯で、自分が相手のことをどう思っているかなんて、考える余裕がなかったんです」
その瞬間、タクヤさんの表情が変わった。
タクヤ「あれ......僕、おかしいですね。『いい人』を演じることに必死で、自分が本当に好きな人を探してなかった......」
ダイキ「......」
タクヤ「僕がやってたのは、恋愛じゃなくて、オーディションみたいなものだったのかもしれない。合格するために、自分を偽って......」
彼は深く息を吐いた。
本当に大切なもの
ダイキ「タクヤさんは、どんな関係を築きたいですか?」
タクヤ「......本当は、ありのままの自分を受け入れてくれる人と一緒にいたいです。完璧じゃない自分を見せても、『それでもいいよ』って言ってくれるような」
ダイキ「そのためには、どうしたらいいと思いますか?」
タクヤ「......まず、自分が自分を受け入れることですかね。完璧じゃなくてもいいって、自分に許可を出すこと」
タクヤさんは、少し照れたように笑った。
タクヤ「なんか、単純なことなのに、全然できてなかったです」
ダイキ「気づけただけで、大きな一歩だと思いますよ」
タクヤ「でも......不安もあります。素の自分を出したら、本当に誰も選んでくれないんじゃないかって」
ダイキ「その不安は、どこから来ていると思いますか?」
タクヤ「......たぶん、親に認めてもらえなかった経験からかな。ありのままの自分じゃダメだって、ずっと思ってたから」
ダイキ「その信念は、今のタクヤさんにとって、本当に必要なものでしょうか」
タクヤさんは、しばらく考え込んだ。
タクヤ「......いや、もう必要ないかもしれないです。大人になった今、自分で自分を認めればいいんですよね」
未来への一歩
ダイキ「これから、どんなふうに過ごしていきたいですか?」
タクヤ「まずは、無理して自分を良く見せるのをやめたいです。デートの時も、変に緊張せずに、自然体でいられるようになりたい」
ダイキ「具体的には?」
タクヤ「そうですね......次のデートでは、事前準備をしすぎないようにしてみます。話題を用意するんじゃなくて、その場で感じたことを素直に話してみる。相手の反応を気にしすぎないで、自分も楽しむ」
ダイキ「いいですね」
タクヤ「あと、週3のジムも、少し減らそうかな。無理して通うんじゃなくて、本当に行きたい時だけ行く。自己啓発も、義務じゃなくて、楽しいと思えるものだけやる」
タクヤさんの表情は、カウンセリング開始時とは明らかに違っていた。肩の力が抜けて、少し軽やかになったように見えた。
タクヤ「なんか、楽になりました。ずっと『もっと頑張らなきゃ』って思ってたけど、そうじゃなかったんですね」
ダイキ「頑張ることが悪いわけじゃないです。ただ、『誰のために、何のために頑張るのか』を見失わないことが大切なんだと思います」
タクヤ「......ありがとうございます。次のデートが、ちょっと楽しみになってきました」
エピローグ
カウンセリングを終えて帰るタクヤさんの背中は、どこか軽やかだった。
「求愛ディスプレイ」──動物が相手に自分の魅力を示すために行う行動。人間も、恋愛において同じようなことをする。しかし、それが「相手を感心させ続けなければ」というプレッシャーになった時、本来の目的を見失ってしまう。
大切なのは、相手を感心させることではなく、お互いが安心して「ありのままの自分」でいられる関係を築くこと。
完璧な自分を演じ続けることは、いつか限界が来る。そして、演じた自分を好きになってもらっても、それは本当の自分が愛されたわけではない。
タクヤさんは、その矛盾に気づき、新しい一歩を踏み出そうとしていた。
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🙋 このブログを書いている人について
だいき|産業カウンセラー・キャリアコンサルタント
会社員時代、職場の人間関係でメンタルが限界に。「このままではまずい」と一念発起し、コミュニケーションを学び直した経験が、産業カウンセラー・キャリアコンサルタントの資格取得につながりました。
恋愛・婚活でも7年間で88人とデートを重ねながら、うまくいかない時期が長く続きました。その苦しさを知っているからこそ、脳科学・進化心理学・愛着理論といった知識を「自分ごと」として学び続けてきました。
キャリアブレイクコミュニティでは160回以上のワークショップを主催。さまざまな悩みや状況を持つ方と向き合い続けてきた経験が、相談の土台になっています。
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