愛がなくても結婚生活は続けられる? 30代夫婦の選択

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はじまりの沈黙


カウンセリングルームのドアを開けて入ってきた彼女は、どこか疲れた表情をしていた。椅子に座ると、しばらく何も言わずに窓の外を見つめている。

私は彼女のペースを待った。

しばらくして、彼女は小さく息を吐いた。

クライエント「......なんて言えばいいのかな。うまく言葉にできなくて」

ダイキ「大丈夫ですよ。ゆっくりで構いません」

クライエント「あの、結婚してるんですけど......夫のこと、好きかどうかわからなくなってて」

彼女は膝の上で手を組んだまま、視線を落とした。

ダイキ「好きかどうかわからない、というのは?」

クライエント「うーん......嫌いじゃないんです。でも、好きかって聞かれると......」

彼女は言葉を探すように、しばらく黙った。

クライエント「毎日一緒にいるし、子どももいるし、生活は回ってるんです。でも、なんていうか......心が通じ合ってる感じがしないんですよね」

「普通の夫婦」という呪縛


ダイキ「心が通じ合ってる感じがしない、ですか」

クライエント「はい。夫は仕事が忙しくて、帰ってくるのはいつも夜遅くて。休みの日は疲れて寝てるか、スマホ見てるか。会話も『ご飯できたよ』とか『洗濯物干しといて』とか、そういう連絡事項だけで」

ダイキ「日常の会話は?」

クライエント「ほとんどないです。子どものことは話しますけど、それ以外は......」

彼女は少し考えてから、続けた。

クライエント「最初はこんなんじゃなかったんです。付き合ってた頃は、いろんなこと話したし、デートもしたし。でも、結婚して、子どもができて、いつの間にか......こうなってた」

ダイキ「いつ頃から、そう感じるようになりましたか?」

クライエント「......はっきりとは覚えてないんですけど、多分、子どもが生まれてからかな。育児に追われて、私も夫も余裕がなくて。気づいたら、もう何年もこの状態です」

愛がなくても続く日常


ダイキ「今の状態を、どう感じていますか?」

クライエント「正直......寂しいです。でも、みんなこんなものなのかなって思う部分もあって」

ダイキ「みんなこんなもの、というのは?」

クライエント「友達とか、周りの夫婦を見てると、みんな似たような感じなんですよね。ラブラブな夫婦なんて、ほとんどいない。みんな『旦那なんてそんなもんだよ』って言うし」

彼女は少し苦笑した。

クライエント「だから、これが普通なのかなって。愛がなくても、生活は続くんだなって」

ダイキ「生活は続く、けれど?」

クライエント「......でも、これでいいのかなって。この先、何十年もこのままなのかなって思うと......」

彼女の声が少し震えた。

クライエント「私、何のために結婚したんだろうって。子どものためって言えば聞こえはいいけど、本当にそれだけでいいのかなって」

過去を振り返る


ダイキ「結婚を決めたとき、どんな気持ちでしたか?」

クライエント「ええと......当時は、30歳近かったんです。周りはどんどん結婚していって、『そろそろ私も』って焦りがあったのかもしれません」

ダイキ「焦り?」

クライエント「はい。親からも『いい人いないの?』ってずっと言われてたし。夫と出会ったとき、『この人なら安心できるかも』って思ったんです」

ダイキ「安心、ですか」

クライエント「夫は真面目で、仕事もちゃんとしてて、優しかったんです。派手さはないけど、堅実というか。『この人となら、安定した生活ができそう』って」

彼女は少し恥ずかしそうに笑った。

クライエント「今思えば、恋愛感情っていうより......条件で選んでたのかもしれません。でも、当時はそれが当たり前だと思ってたし、むしろ賢い選択だって思ってました」

ダイキ「当時の自分にとっては、必要な選択だったんですね」

クライエント「そうですね......。でも、今になって、『あれは本当に愛だったのか』って疑問に思うんです」

愛とは何か


しばらく沈黙が流れた。クライエントは窓の外をぼんやりと見つめている。

ダイキ「『愛だったのか』って、考えるようになったきっかけは何かありますか?」

クライエント「......実は、最近、昔の友達と再会したんです。彼女は離婚して、今は再婚してて。すごく幸せそうだったんですよね」

ダイキ「幸せそうだった」

クライエント「はい。目がキラキラしてて、パートナーの話をするとき、本当に嬉しそうで。『こんなに人を好きになれるんだ』って、自分でも驚いてるって言ってて」

彼女の声が少しうらやましそうに聞こえた。

クライエント「それを見たとき、『あ、私にはこれがない』って気づいちゃったんです。夫のこと、そんな風に思ったこと、一度もないなって」

ダイキ「その気づきは、どんな感じでしたか?」

クライエント「......悲しかったです。でも同時に、『やっぱりそうだったんだ』って、どこかでわかってたことを認めた感じもあって」

彼女は両手で顔を覆った。

クライエント「私、夫のこと、愛してないのかもしれません」

文化的背景と経済的現実


ダイキ「『愛してない』と口にしてみて、どうですか?」

クライエント「......怖いです。でも、すっきりした部分もあります」

ダイキ「すっきりした?」

クライエント「ずっとモヤモヤしてたことに、名前がついた感じというか。『私、夫を愛してないんだ』って認めたら、少し楽になりました」

彼女は深く息を吐いた。

クライエント「でも、じゃあどうすればいいのかって言われると......離婚するほどの理由もないし、子どももいるし」

ダイキ「離婚は考えたんですか?」

クライエント「考えました。でも、経済的に不安で。私、今パートなんですけど、一人で子どもを育てられるほど稼げないし。それに......」

彼女は言葉を濁した。

ダイキ「それに?」

クライエント「親に反対されると思うんです。『我慢が足りない』『みんなそうやって乗り越えてる』って」

ダイキ「親御さんは、どんな価値観をお持ちなんですか?」

クライエント「昔ながらの人たちで。『結婚したら簡単に離婚するな』『子どものために我慢しろ』って。実際、母親も父親のこと、愛してるようには見えなかったけど、ずっと一緒にいましたし」

彼女は少し苦い表情をした。

クライエント「それを見て育ったから、『結婚ってこういうものなんだ』って、どこかで思い込んでたのかもしれません」

子どものため、という理由


ダイキ「お子さんのことは、どう考えていますか?」

クライエント「......子どもには、両親揃ってた方がいいと思うんです。でも......」

彼女は長い沈黙の後、続けた。

クライエント「でも、最近、子どもが『ママとパパって仲良くないの?』って聞いてきたんです。びっくりして。子どもって、ちゃんと見てるんだなって」

ダイキ「なんて答えたんですか?」

クライエント「『そんなことないよ』って、笑ってごまかしました。でも、嘘ついてるみたいで......」

彼女の目に涙が浮かんだ。

クライエント「私、『子どものため』って言いながら、本当は自分が決断できないだけなんじゃないかって。子どもを言い訳にしてるだけなんじゃないかって」

ダイキ「......」

クライエント「友達の再婚相手、すごく子どもと仲良くしてるんですって。前の結婚では味わえなかった家族の温かさがあるって。それ聞いたとき、『子どものためには両親揃ってればいいってもんじゃないのかも』って思ったんです」

愛のない結婚の意味


ダイキ「今、いろんな気持ちが混ざってるように見えますが」

クライエント「はい......混乱してます。でも、一つだけわかったことがあって」

ダイキ「それは?」

クライエント「愛がなくても、結婚生活は続けられるんです。実際、何年も続けてきたし。でも......」

彼女は言葉を選ぶように、ゆっくりと話した。

クライエント「続けられることと、それでいいことは、違うんじゃないかって」

ダイキ「違う?」

クライエント「はい。私、ずっと『これが普通だから』『みんなこうだから』って、自分の気持ちに蓋をしてきたんだと思います。でも、本当は......」

彼女は涙を拭った。

クライエント「本当は、愛し合える関係がいいんです。夫と、ちゃんと心を通わせたいんです。今のまま、何十年も過ごすのは......嫌です」

パートナーシップの可能性


ダイキ「その気持ちを、ご主人に伝えたことはありますか?」

クライエント「......ないです。言っても変わらないと思うし、喧嘩になりそうで」

ダイキ「喧嘩になりそう?」

クライエント「夫は、今の生活に満足してると思うんです。『家族がいて、仕事して、何も問題ない』って。だから、私が『このままじゃ嫌だ』って言ったら、『何が不満なんだ』って怒られそうで」

ダイキ「もし、伝えられるとしたら、何を伝えたいですか?」

クライエントは少し考えてから、ゆっくりと話し始めた。

クライエント「......もっと、二人の時間が欲しいです。子どもが寝た後とか、休みの日とか、ちゃんと向き合って話したい。お互いのこと、もっと知りたい」

ダイキ「もっと知りたい、ですか」

クライエント「はい。結婚してこんなに経つのに、夫が何を考えてるのか、何が好きなのか、実はよく知らないんです。私のことも、夫は知らないと思います」

彼女は少し明るい表情になった。

クライエント「もしかしたら......今からでも、関係を作り直せるかもしれない。そんな気がしてきました」

一歩を踏み出す勇気


ダイキ「関係を作り直す、というのは?」

クライエント「愛がないなら、これから作ればいいんじゃないかって。付き合ってた頃みたいに、デートしたり、たくさん話したり。そういう時間を、もう一度作ってみたいんです」

ダイキ「それを実現するために、何ができそうですか?」

クライエント「まずは......夫に、正直に話してみようと思います。『最近、距離を感じてる』って。『もっと一緒に時間を過ごしたい』って」

彼女は少し不安そうに付け加えた。

クライエント「怖いですけど......このまま何も言わないよりは、マシかなって」

ダイキ「言わないよりは、マシ」

クライエント「はい。もしかしたら、夫も同じこと感じてるかもしれないし。もし、それでもダメだったら......その時はその時で、また考えればいいかなって」

ダイキ「その時はその時、ですか」

クライエント「今までは、『離婚か、このまま我慢するか』の二択しかないと思ってたんです。でも、もう一つ選択肢があるなって気づきました」

ダイキ「それは?」

クライエント「『関係を作り直す』っていう選択肢です。それがダメだったら、その時初めて、次のことを考えればいい」

彼女は少し微笑んだ。

クライエント「焦らなくていいんだって思えたら、少し楽になりました」

対話の終わりに


カウンセリングの終わりが近づいてきた。クライエントは、来た時とは違う表情をしていた。

ダイキ「今日、ここで話してみて、どうでしたか?」

クライエント「......すっきりしました。誰かに話すって、大事ですね。自分の中でぐるぐる考えてるだけじゃ、答えは出なかったと思います」

ダイキ「話してみて、何か気づいたことはありますか?」

クライエント「私、『愛がない』って決めつけてたけど、本当は『愛を育てる努力をしてなかった』だけなのかもしれないって思いました」

ダイキ「育てる努力?」

クライエント「はい。恋愛感情って、自然に湧いてくるものだと思ってたんです。でも、結婚生活って、もっと意識的に関係を作っていくものなのかもしれないって」

彼女は少し考えてから、続けた。

クライエント「友達の再婚相手との関係も、きっと、お互いが努力して作り上げてるものなんだろうなって。自然に幸せになったわけじゃないんだろうなって」

ダイキ「そう思えたんですね」

クライエント「はい。だから、私も、諦める前に、やれることをやってみようと思います」

未来への一歩


クライエント「今週末、夫に話してみます。子どもを親に預けて、二人でカフェにでも行って」

ダイキ「具体的に考えてるんですね」

クライエント「はい。緊張しますけど......今しかないかなって。これ以上先延ばしにしたら、また何年も経っちゃいそうで」

彼女は深く息を吸って、吐いた。

クライエント「愛のない結婚って、あり得ると思います。実際、そういう夫婦はたくさんいるし、それで問題なく生活できてる人もいる。でも......」

ダイキ「でも?」

クライエント「私には、それじゃ足りないんだって、今日気づきました。愛がないなら、これから作る。それがダメなら、次の選択を考える。でも、何もしないまま諦めるのだけは、やめようって」

彼女は立ち上がり、鞄を手に取った。

クライエント「ありがとうございました。また来てもいいですか? 夫と話した後、どうなったか、聞いてほしくて」

ダイキ「もちろんです。いつでもどうぞ」

クライエントはドアの前で振り返り、小さく微笑んだ。

クライエント「私、頑張ってみます」

そして、彼女は静かにドアを閉めて、去っていった。

まとめ:愛のない結婚はあり得るか


この対話で見えてきたのは、「愛のない結婚は存在する」という現実と、「それでいいかどうかは、本人が決めること」という事実だった。

多くの日本の夫婦が、恋愛感情よりも経済的安定や社会的体裁、子どものためという理由で結婚を維持している。それ自体は悪いことではない。

しかし、このクライエントのように、「このままでいいのか」という問いに直面したとき、私たちには選択肢がある。

現状を受け入れる: 愛がなくても、安定した生活を優先する

関係を作り直す: 意識的にパートナーシップを育てる努力をする

新しい道を選ぶ: 離婚や別居など、別の人生を考える

大切なのは、「周りがこうだから」「これが普通だから」という理由で、自分の気持ちに蓋をし続けないこと。

自分が本当にどう生きたいのか、どんな関係を望んでいるのか。

その問いに向き合う勇気を持つことが、第一歩なのかもしれない。



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