「頑張る回路が壊れた」──次を決めずに辞めた女性が見つけたもの

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コラム

「普通じゃない」と言われた選択


カウンセリングルームに入ってきた彼女は、少し緊張した面持ちで椅子に座った。

クライエント「あの...来月、会社を辞めることにしたんです」

ダイキ「そうなんですね。大きな決断でしたね」

クライエント「はい。でも、周りからは『次、決まってから辞めなよ』って、みんなに言われて...」

彼女は言葉を続けた。

クライエント「親にも、友達にも、上司にも。『転職先決まってないの? それはやばいよ』って。でも、私...もう限界で」

彼女の声は少し震えていた。

ダイキ「限界、というのは?」

クライエント「なんか...毎朝起きるのが辛くて。会社に行く電車の中で、吐き気がするんです。『今日も一日、やり過ごさなきゃ』って思うだけで」

彼女は目を伏せた。

クライエント「最近、夜も眠れなくて。寝ようとすると、明日の仕事のことばかり考えちゃって。『あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ』って」

ダイキ「体が、もう限界だって言ってるんですね」

クライエント「......そうなんです。でも、『次を決めずに辞めるなんて無責任』って言われると、私、おかしいのかなって」

「正しい選択」への囚われ


ダイキ「『次を決めてから辞める』って、確かによく聞く言葉ですよね」

クライエント「はい。それが常識だって、みんな言います」

ダイキ「その『常識』を守ろうとすると、今はどんな感じですか?」

彼女は少し考えてから答えた。

クライエント「......苦しいです。転職活動も並行してやってみたんですけど、まったく集中できなくて」

ダイキ「集中できない?」

クライエント「はい。履歴書書こうとしても、頭が働かないんです。『この仕事、本当にやりたいのかな』って思うと、何も書けなくて」

彼女は手を握りしめた。

クライエント「面接の予定を入れても、当日になると体調が悪くなって。結局キャンセルしちゃったこともあって...」

ダイキ「体が、『今じゃない』って教えてくれてるのかもしれませんね」

クライエント「......え?」

彼女は驚いたように顔を上げた。

ダイキ「今、すごく疲れてる状態で、次のことを決めようとしてる。それって、フルマラソン走り終わった直後に『次のマラソン大会、どれにエントリーする?』って聞かれてるようなものかもしれません」

クライエント「......ああ」

彼女の目に、何かが浮かんだ。

クライエント「そうなんです。もう、何も考えられないんです。でも、『考えなきゃいけない』って思って...」

不適切な学習──「頑張る」パターンの罠


ダイキ「これまで、どのくらい働いてこられたんですか?」

クライエント「10年...いや、正確には9年半ですね」

ダイキ「長く勤められたんですね。どんな感じの10年でしたか?」

彼女はゆっくりと話し始めた。

クライエント「最初の3年くらいは、楽しかったんです。新しいこと覚えるのも楽しくて、忙しくても『やりがいある』って思えて」

ダイキ「最初は、楽しかったんですね」

クライエント「はい。でも...途中から、なんか変わってきて」

彼女は少し間を置いた。

クライエント「4年目くらいから、だんだん仕事が増えて。『あなたは頼りになるから』って、どんどん任されるようになって」

ダイキ「評価されたんですね」

クライエント「そう...思ってました。でも、断れなくなっちゃったんです」

彼女の声が小さくなった。

クライエント「『前もやってくれたよね』『あなたならできるよね』って言われると、『はい』って言うしかなくて」

ダイキ「断れなくなった...」

クライエント「断ったら、評価が下がるんじゃないかって。嫌われるんじゃないかって」

彼女は手のひらを見つめた。

クライエント「だから、休日も仕事のこと考えて。夜中にメール返信して。『頑張ってる私』が、当たり前になっちゃって」

ダイキ「『頑張ってる私』が、当たり前...」

クライエント「はい。それが、普通の状態だと思ってたんです。疲れてても、『みんなこんなもんだよね』って」

彼女の目に涙が浮かんだ。

クライエント「でも...最近、友達に会ったんです。昔の同期で、別の会社で働いてる子」

ダイキ「どんな話をされたんですか?」

クライエント「その子、定時で帰ってるんですって。週末は趣味の時間があって、夜はちゃんと眠れるって」

彼女は唇を噛んだ。

クライエント「聞いてて、『ああ、私、おかしかったんだ』って...」

「空白」の意味──リセットはなぜ必要なのか


部屋に、静かな沈黙が流れた。

ダイキ「今のお話を聞いていて、感じたことがあります」

クライエント「...はい」

ダイキ「もしかすると、○○さんの中で、『頑張る=当たり前』っていう回路ができちゃってたのかもしれません」

クライエント「回路...?」

ダイキ「はい。人って、同じことを繰り返していると、それが自動的になっていくんです。考えなくても、体が動くようになる」

彼女は頷いた。

ダイキ「たとえば、車の運転。最初は、ブレーキとアクセル、ハンドルの操作、全部意識しないとできないですよね」

クライエント「そうですね」

ダイキ「でも、慣れてくると、考えなくても体が動く。無意識に運転できるようになる」

クライエント「はい」

ダイキ「同じように、『無理してでも頑張る』『断らない』『自分の限界を無視する』っていう行動も、繰り返してると、自動的になってしまうんです」

彼女の目が大きくなった。

クライエント「......ああ」

ダイキ「しかも、それが『いいこと』として評価されてきたから、余計に強化されていく」

クライエント「そうなんです...『頑張ってるね』って褒められると、嬉しくて」

ダイキ「でも、その回路ができあがった状態で、次の仕事を探そうとしたら?」

彼女は息を呑んだ。

クライエント「......また、同じことを繰り返しちゃう」

ダイキ「そう。環境が変わっても、自分の中の回路が変わってなかったら、同じパターンが繰り返されてしまう可能性があるんです」

彼女は両手で顔を覆った。

クライエント「だから...転職先を探そうとしても、『ここなら頑張れるかな』って基準で考えちゃってて...」

ダイキ「今、何が起きてるか、見えてきましたか?」

クライエント「......私、『頑張る場所』を探してただけだったんですね」

彼女の声が震えた。

クライエント「本当は、『頑張らなくてもいい場所』を探さなきゃいけないのに」

「空白」という贈り物


ダイキ「さっき、『次を決めずに辞める』って話がありましたよね」

クライエント「はい」

ダイキ「もしかすると、その『空白』の時間って、すごく大切なものかもしれません」

クライエント「......どういうことですか?」

ダイキ「今は『頑張る回路』が全開の状態です。その状態で次を決めたら、また同じ回路が動き出しちゃう」

クライエント「はい...」

ダイキ「でも、何もない時間があったら?」

彼女は考え込んだ。

ダイキ「朝、目覚ましに追われなくていい。誰かの期待に応えなくていい。『頑張らなきゃ』って思わなくていい」

クライエント「......」

ダイキ「そういう時間の中で、初めて『頑張る回路』がオフになるんです」

彼女の目から、涙がこぼれた。

クライエント「でも...そんなの、許されるんですか?」

ダイキ「誰に許されなきゃいけないんでしょう?」

クライエント「......」

ダイキ「自分に許可を出していいんじゃないですか?」

彼女は、しばらく泣いていた。

クライエント「ずっと...ずっと、『頑張らなきゃ』って思ってて」

ダイキ「うん」

クライエント「『頑張ってない私』には、価値がないって思ってて」

彼女は涙を拭いた。

クライエント「でも...もう、限界なんです」

ダイキ「限界って、体が教えてくれてるんですね」

クライエント「はい」

ダイキ「じゃあ、その声に従ってみませんか?」

空白の中で見えてくるもの


数分の沈黙の後、彼女は顔を上げた。

クライエント「もし、次を決めずに辞めたら...何が起きるんでしょう?」

ダイキ「何が起きると思いますか?」

クライエント「最初は...すごく不安だと思います。『このままでいいのかな』って」

ダイキ「うん」

クライエント「でも...もしかしたら」

彼女は少し考えた。

クライエント「久しぶりに、ちゃんと眠れるかもしれない」

ダイキ「そうですね」

クライエント「朝、目が覚めて、『今日は何しようかな』って、自分で決められるかもしれない」

彼女の声に、少しだけ明るさが戻ってきた。

クライエント「散歩したり、本を読んだり...そういうこと、もう何年もしてなかった」

ダイキ「何年も?」

クライエント「はい。いつも『時間がもったいない』って思ってて。『何か生産的なことしなきゃ』って」

ダイキ「『生産的』...」

クライエント「でも、それって、『頑張ってる私』を維持するための言い訳だったのかもしれない」

彼女は深く息を吸った。

クライエント「本当は、ただ散歩するとか、空を見るとか...そういう時間が必要だったんだと思います」

ダイキ「今、すごく大事なことに気づかれましたね」

クライエント「はい...なんか、不思議な感じです」

「何もしない」という勇気


ダイキ「『空白の時間』って、何もしないことじゃないんです」

クライエント「......え?」

ダイキ「それは、『上書きする時間』なんです」

クライエント「上書き...?」

ダイキ「さっき、『頑張る回路』の話をしましたよね」

クライエント「はい」

ダイキ「その回路を、新しいものに書き換える時間です」

彼女は目を見開いた。

ダイキ「たとえば、『疲れたら休む』『嫌なことは断る』『自分のペースを大切にする』っていう、新しい回路」

クライエント「......」

ダイキ「でも、それを学ぶには、まず『頑張る回路』をオフにしないといけない」

クライエント「だから、空白が必要なんですね」

ダイキ「そうです。何もスケジュールがない時間の中で、初めて自分の本当の声が聞こえてくるんです」

彼女は頷いた。

クライエント「『今日はこれをやらなきゃ』じゃなくて、『今日は何がしたい?』って」

ダイキ「はい。その問いかけに答えられるようになるには、時間が必要なんです」

クライエント「時間...どのくらい必要なんでしょう?」

ダイキ「人によって違います。でも、焦らないことが大切です」

クライエント「焦らない...」

ダイキ「『早く次を決めなきゃ』って焦ると、また『頑張る回路』が動き出しちゃいますから」

彼女は小さく笑った。

クライエント「そうですよね。また同じこと、繰り返しちゃう」

不安との向き合い方


クライエント「でも...正直、すごく怖いんです」

ダイキ「何が怖いですか?」

クライエント「『何もしてない私』を、周りがどう見るか」

彼女は俯いた。

クライエント「親とか、友達とか...『まだ決まってないの?』って聞かれるのが」

ダイキ「それは、確かに怖いですよね」

クライエント「『ちゃんとしなきゃ』『早く決めなきゃ』って、きっと言われます」

ダイキ「その時、何て答えますか?」

彼女は考え込んだ。

クライエント「......『今は、休んでる』って言えたらいいな」

ダイキ「いいですね」

クライエント「でも、それって、許されるのかな」

ダイキ「誰に?」

クライエント「......社会、とか」

ダイキ「社会って、誰ですか?」

彼女はハッとした顔をした。

クライエント「......わからない。でも、『そういうもの』だって思ってて」

ダイキ「『働いてない人間は価値がない』みたいな?」

クライエント「はい...そうです」

ダイキ「それ、本当に正しいんでしょうか?」

クライエント「......」

ダイキ「10年働いて、心も体も疲れ果てた人が、少し休むこと。それって、そんなに許されないことなんでしょうか?」

彼女の目に、また涙が浮かんだ。

クライエント「......許されます、よね」

ダイキ「うん」

クライエント「私、休んでいいんですよね」

ダイキ「もちろんです」

新しい基準を見つける


ダイキ「もう一つ、大事なことがあります」

クライエント「何ですか?」

ダイキ「空白の時間って、『次の仕事を選ぶ基準』を作り直す時間でもあるんです」

クライエント「基準...?」

ダイキ「はい。今まで、仕事を選ぶ時、何を基準にしてましたか?」

彼女は考えた。

クライエント「......給料とか、会社の規模とか」

ダイキ「うん」

クライエント「あとは、『やりがい』とか。『成長できそう』とか」

ダイキ「それって、どれも『頑張る前提』の基準ですよね」

クライエント「......あ」

ダイキ「でも、本当は?」

クライエント「......」

彼女は、しばらく黙っていた。

クライエント「本当は...『無理なく働ける』ことが、一番大事なのかもしれない」

ダイキ「無理なく?」

クライエント「はい。残業が少ないとか、休みがちゃんと取れるとか」

彼女は続けた。

クライエント「あと、『断れる環境』かどうか」

ダイキ「いいですね」

クライエント「『これは無理です』って言える関係性があるかどうか。それって、すごく大事だと思います」

ダイキ「そういう基準が見えてくるのも、空白の時間があってこそなんです」

クライエント「はい...もし、すぐ次を決めてたら、また『やりがい』とか『成長』で選んでたと思います」

ダイキ「そして?」

クライエント「また、同じことの繰り返しになってた」

彼女は深くため息をついた。

クライエント「空白って...逃げじゃなかったんですね」

ダイキ「どういうことですか?」

クライエント「『次を決めずに辞める』って、ずっと『逃げ』だと思ってたんです」

ダイキ「今は?」

クライエント「今は...『必要なプロセス』なんだって思います」

未来への一歩


カウンセリングの終わりが近づいてきた。

ダイキ「これから、どうしていきたいですか?」

クライエント「まず...来月、退職します。次は決めずに」

ダイキ「はい」

クライエント「最初の1ヶ月は、何も予定を入れないようにします」

彼女は少し笑った。

クライエント「『何もしない予定』を、ちゃんと守ります」

ダイキ「いいですね」

クライエント「朝はゆっくり起きて、散歩して、好きな本を読んで...」

ダイキ「うん」

クライエント「『今日は何しようかな』って、自分に聞いてみます」

ダイキ「その声に、耳を傾けてみてください」

クライエント「はい」

彼女は続けた。

クライエント「それから...2ヶ月目くらいから、少しずつ考えてみます。『私、本当は何がしたかったんだろう』って」

ダイキ「焦らずに?」

クライエント「焦らずに。『早く決めなきゃ』じゃなくて、『ちゃんと決めよう』って」

ダイキ「すごくいいですね」

クライエント「次の仕事は、『無理なく働ける場所』を探します」

ダイキ「それが、新しい基準ですね」

クライエント「はい。『やりがい』じゃなくて、『無理なく』」

彼女は深く頷いた。

クライエント「それが、私にとっての『いい仕事』なんだって、今日わかりました」

最後の気づき


帰り際、彼女は立ち止まった。

クライエント「あの...最後に一つ、いいですか?」

ダイキ「どうぞ」

クライエント「もし、周りに『次を決めずに辞めるなんて』って言われたら...何て答えたらいいでしょう?」

ダイキ「何て答えたいですか?」

彼女は少し考えた。

クライエント「『私は、今、リセットしてるんです』って言いたいです」

ダイキ「いいですね」

クライエント「『次を決めるために、一度空っぽになる必要があったんです』って」

ダイキ「完璧です」

彼女は微笑んだ。

クライエント「今日、来てよかったです。『空白』が、こんなに大切なものだなんて、思ってもみなかった」

ダイキ「これから、どんな発見があるか楽しみですね」

クライエント「はい。怖いけど...でも、楽しみです」

彼女は、少し軽やかな足取りで部屋を出ていった。

カウンセラーの視点から


彼女との対話を終えて、改めて感じることがある。

「次を決めずに辞める」という選択は、決して無責任なものではない。

むしろ、それは「不適切な学習を上書きする」ための、必要なプロセスなのだ。

私たちは、環境の中で様々なパターンを学習していく。

「頑張れば評価される」

「断らないことが美徳」

「休むことは怠け」

こうした学習は、最初は意識的に行われる。でも、繰り返すうちに無意識に、自動的になっていく。

そして、その無意識のパターンは、環境が変わっても残り続ける。

新しい職場に行っても、同じパターンで行動してしまう。

同じように頑張り、同じように断れず、同じように疲弊していく。

「空白」とは、そのパターンをリセットするための時間なのだ。

何もスケジュールがない時間。

誰の期待にも応えなくていい時間。

「頑張らなくてもいい」を体験する時間。

その中で、初めて新しい回路が育っていく。

「疲れたら休む」

「無理なことは断る」

「自分のペースを大切にする」

こうした、当たり前だけど忘れていた感覚を、取り戻していくのだ。

もちろん、経済的な不安はある。

周囲の目もある。

でも、心と体が「もう限界」と叫んでいる時、それでも「次を決めてから」と頑張り続けることが、果たして正しい選択なのだろうか。

むしろ、一度立ち止まり、空っぽになる勇気を持つこと。

それこそが、真に「次」を見つけるための、最も確実な道なのではないだろうか。


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