「逃げてるだけ」と自分を責めていた休職中の女性が、お風呂で発見したもの

「逃げてるだけ」と自分を責めていた休職中の女性が、お風呂で発見したもの

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コラム

「お風呂だけが違うんです」


初めてのカウンセリングで、アヤコさんは緊張した面持ちで座っていた。手を何度も組み替え、視線は定まらない。

ダイキ:「今日はお時間をいただきありがとうございます。どのようなことでお困りですか?」

アヤコ:「あの......なんだか、毎日不安で。仕事を休んでるんですけど、休んでても全然休めてないというか......」

アヤコさんの声は小さく、言葉を選びながら話す様子だった。

ダイキ:「不安で休めていない、ということですね。その不安は、どんな時に特に強く感じますか?」

アヤコ:「......ほとんどずっと、です。朝起きた瞬間から、なんかこう、胸がざわざわして。動悸がして。でも......」

アヤコさんは少し考えるように、視線を落とした。

アヤコ:「お風呂に入ってる時だけは、違うんです」

ダイキ:「お風呂に入っている時だけは、どう違いますか?」

アヤコ:「なんか......安心するんです。あったかくて。体が重くなって。不安が、少しだけ薄れるというか。だから、最近は毎晩2時間くらい入ってます」

身体が教えてくれること


ダイキ:「2時間......それは長い時間ですね。お風呂から出た後は、どうですか?」

アヤコ:「......また戻るんです、不安が。だから、できるだけ長く入っていたくて」

アヤコさんの言葉には、どこか切実さがあった。ダイキは少し間を置いてから、静かに尋ねた。

ダイキ:「お風呂の中では、体はどんな感じがしますか?具体的に教えていただけますか」

アヤコ:「うーん......あったかくて、重くて......呼吸がゆっくりになる感じです。あと、心臓の音が、ドクドクじゃなくて、トクトクって......落ち着いた感じになります」

ダイキは頷いた。アヤコさんの体が、お風呂の中で何が起きているかを正確に感じ取っていることに気づいた。

ダイキ:「アヤコさん、今おっしゃったこと、とても大事なことだと思います。体があったかくなって、呼吸がゆっくりになって、心臓の鼓動が落ち着く......これって、体が何かを教えてくれてるんですよね」

アヤコ:「......体が、何かを?」

ダイキ:「はい。お風呂の中で、アヤコさんの体は『安全だよ』って信号を送っているんです」

脳のブレーキ


アヤコ:「安全だよ、って......?」

ダイキ:「私たちの体には、自律神経っていう仕組みがあるんです。戦うか逃げるかっていう時に働く『交感神経』と、休んだり回復したりする時に働く『副交感神経』。普段のアヤコさんは、交感神経がずっと働きっぱなしの状態なんだと思います」

アヤコさんは、自分の手のひらを見つめながら聞いていた。

アヤコ:「......交感神経、が?」

ダイキ:「そうです。胸がざわざわする、動悸がする......これって、体が『危険かもしれない、準備しなきゃ』って緊張してる状態なんです。でもお風呂に入ると、副交感神経が働き始める」

アヤコ:「副交感、神経......」

ダイキ:「はい。お風呂のあたたかさが皮膚の感覚を刺激して、体が『ここは安全だ、リラックスしていい』って切り替わるんです。呼吸がゆっくりになる、心拍がゆっくりになる......これって、副交感神経が働いてる証拠なんですよ」

アヤコさんの表情が、少しだけ和らいだ。

アヤコ:「じゃあ......私がお風呂で楽になるのって、変なことじゃないんですか? なんか、逃げてるだけなのかなって思ってたんです」

逃げじゃない、体の知恵


ダイキは、アヤコさんの目を見て、はっきりと言った。

ダイキ:「変じゃないですよ。むしろ、体がとても賢いんです」

アヤコ:「......賢い?」

ダイキ:「そうです。アヤコさんの体は、自分で『ここなら安心できる』っていう場所を見つけたんです。お風呂という環境が、副交感神経を活性化させて、不安のブレーキをかけてくれている」

アヤコ:「ブレーキ......」

アヤコさんは、その言葉をゆっくりと反芻するように繰り返した。

ダイキ:「不安って、アクセル踏みっぱなしの状態なんです。交感神経が『危ない!準備して!』ってずっと言ってる。でも、お風呂に入ると、副交感神経が『大丈夫だよ、ここは安全だよ』ってブレーキをかけてくれる」

アヤコ:「......そうか。だから、楽になるんだ」

アヤコさんの声に、少しだけ安堵の色が混じった。ダイキは、その変化を静かに受け止めた。

ダイキ:「アヤコさん、お風呂の中で、何か特に意識してることってありますか?」

呼吸の魔法


アヤコ:「意識してること......うーん、特には......あ、でも、深呼吸はしてます。なんとなく」

ダイキ:「深呼吸ですか。それ、とてもいいことをされてますよ」

アヤコ:「え、そうなんですか?」

ダイキ:「呼吸って、すごく不思議なんです。私たちが意識的にコントロールできる、唯一の自律神経の働きなんですよ」

アヤコさんは、興味深そうに身を乗り出した。

アヤコ:「それって、どういう......?」

ダイキ:「心臓の鼓動を意識的にゆっくりにしようとしても、できないですよね? でも、呼吸はゆっくりにできる。そして、呼吸をゆっくりにすると、副交感神経が働いて、心拍もゆっくりになるんです」

アヤコ:「......そうなんだ。だから、お風呂で深呼吸すると、余計に落ち着くのかもしれないですね」

ダイキは微笑んだ。

ダイキ:「そうなんです。お風呂のあたたかさで副交感神経が働き始めて、深呼吸でさらにそれを強化してる。アヤコさん、無意識のうちに、とても賢い方法を選んでたんですよ」

アヤコ:「......私、賢かったんだ」

アヤコさんは、少し照れたように笑った。その笑顔を見て、ダイキは続けた。

ダイキ:「ただ、アヤコさん、一つ気になることがあるんです」

お風呂の外で


アヤコ:「......なんでしょう」

ダイキ:「お風呂から出ると、また不安が戻ってくるっておっしゃいましたよね。それって、アヤコさんにとって、どんな感じですか?」

アヤコさんの表情が、再び曇った。

アヤコ:「......すごく、怖いです。お風呂から出る時、『また来るんだ』って思うと。だから、できるだけ長く入っていたくて」

ダイキは、アヤコさんの言葉をゆっくりと受け止めた。

ダイキ:「怖いんですね。......アヤコさん、お風呂の中では、副交感神経が働いて不安が和らいでいる。でも、お風呂から出ると、また交感神経が優位になって、不安が戻ってくる」

アヤコ:「......はい」

ダイキ:「もし、お風呂の外でも、副交感神経を働かせる方法があったら、どうでしょう?」

アヤコさんは、顔を上げた。

アヤコ:「......そんなこと、できるんですか?」

体の感覚を手がかりに


ダイキ:「できると思います。アヤコさん、お風呂の中で感じていたこと、覚えてますか? あったかさ、重さ、ゆっくりした呼吸、落ち着いた心拍......」

アヤコ:「......はい」

ダイキ:「その感覚を、お風呂の外でも意識的に作り出すことができるんです。特に、呼吸は強力なツールですよ」

アヤコ:「呼吸......」

ダイキは、ゆっくりと説明を始めた。

ダイキ:「たとえば、不安を感じた時に、ゆっくり息を吐くことに意識を集中する。10秒かけて息を吐いて、5秒かけて吸う。これを3分間続けるだけでも、副交感神経が働き始めるんです」

アヤコ:「10秒かけて......それって、結構ゆっくりですね」

アヤコさんは、実際に試すように、静かに息を吐き始めた。ダイキは、その様子を静かに見守った。

アヤコ:「......なんか、今やってみただけでも、少し......」

ダイキ:「少し、どうですか?」

アヤコ:「......落ち着く、かも」

アヤコさんの肩が、わずかに下がった。ダイキは、その変化を見逃さなかった。

ダイキ:「そうなんです。呼吸は、いつでもどこでもできる。お風呂がなくても、副交感神経を働かせる方法があるんです」

過去の自分と今の自分


ダイキ:「アヤコさん、仕事をしていた時のことを、少し聞いてもいいですか?」

アヤコ:「......仕事の時、ですか」

アヤコさんの表情が、再び固くなった。

ダイキ:「無理に話さなくても大丈夫ですよ。ただ、もし話せる範囲で、当時はどんな状態だったか教えていただけたら」

アヤコ:「......毎日、必死でした。朝起きた瞬間から、胸がドキドキして。会社に着いたら、もう心臓が飛び出しそうで。帰っても、寝る前まで仕事のことが頭から離れなくて」

アヤコさんの声が、少し震えた。

アヤコ:「ずっと、アクセル踏みっぱなしだったんだと思います。今思えば」

ダイキ:「ずっとアクセル踏みっぱなし......それは、とてもしんどかったでしょうね」

アヤコ:「......はい。でも、当時は、それが普通だと思ってたんです。みんなそうやって頑張ってるって」

ダイキは、静かに頷いた。

ダイキ:「当時のアヤコさんは、交感神経がずっと働きっぱなしの状態だったんだと思います。体は『危ない、頑張らなきゃ』って、ずっと緊張し続けていた」

アヤコ:「......そうだったんですね」

ダイキ:「そして今、アヤコさんの体は、『もう限界だ、休ませてほしい』って言ってるんだと思います。だから、お風呂という安全な場所を見つけて、そこで副交感神経を働かせようとしている」

アヤコさんは、自分の手のひらを見つめていた。その目に、涙が浮かんでいた。

アヤコ:「......私の体、頑張ってたんですね」

涙の意味


その言葉とともに、アヤコさんの涙がこぼれた。ダイキは、ティッシュの箱を静かに差し出した。

アヤコ:「すみません......なんか、急に......」

ダイキ:「謝らなくて大丈夫ですよ。涙が出るのは、自然なことです」

アヤコ:「......私、ずっと自分を責めてたんです。休んでるのに、ちゃんと休めてない自分が、ダメだって。お風呂に逃げてる自分が、情けないって」

アヤコさんは、ティッシュで涙を拭いながら、続けた。

アヤコ:「でも......私の体、頑張ってたんですね。ちゃんと、安全な場所を探して、そこで休もうとしてたんですね」

ダイキは、アヤコさんの目を見て、静かに言った。

ダイキ:「そうです。アヤコさんの体は、とても賢くて、とても健気に、アヤコさんを守ろうとしてたんです」

アヤコ:「......ありがとう、って言いたいです。私の体に」

その言葉に、ダイキは心から微笑んだ。アヤコさんが、自分の体との関係を、少しずつ変え始めているのを感じた。

ダイキ:「言ってあげてください。そして、これからは、お風呂だけじゃなく、いろんな方法で、体に『ありがとう』を返してあげてほしいんです」

これから


アヤコ:「......どんな方法ですか?」

ダイキ:「さっきお話しした呼吸法もそうですし、あとは......アヤコさん、何か好きなことってありますか? 体が温まること、リラックスできること」

アヤコさんは、少し考えた。

アヤコ:「......お風呂以外だと、散歩、でしょうか。最近はしてないんですけど、以前は公園を歩くのが好きでした」

ダイキ:「散歩、いいですね。外の空気を吸って、体を動かす。それも、副交感神経を働かせる方法の一つなんですよ」

アヤコ:「そうなんですか?」

ダイキ:「はい。自然の中を歩くと、体がリラックスするんです。お風呂と同じように、体が『ここは安全だ』って感じられる場所があると、副交感神経が働きやすくなる」

アヤコさんは、窓の外を見た。

アヤコ:「......久しぶりに、歩いてみようかな」

ダイキ:「それ、とてもいいと思います。無理のない範囲で、5分でも10分でも。そして、歩きながら、ゆっくり呼吸してみてください」

アヤコ:「はい......やってみます」

ダイキは、最後にこう伝えた。

ダイキ:「アヤコさん、お風呂はこれからも大事な場所です。でも、それだけが安全な場所じゃなくていい。少しずつ、お風呂の外でも『ここは安全だ』って思える場所を増やしていきましょう」

アヤコ:「......増やす、んですね」

ダイキ:「そうです。呼吸、散歩、他にも見つかるかもしれません。体が『ここは安全だ』って感じられる場所を、少しずつ」

アヤコさんは、深く頷いた。その顔には、わずかだが、希望の光が見えていた。

アヤコ:「......ありがとうございます。少し、前が見えた気がします」

カウンセラーの視点


カウンセリングを終えて、ダイキは記録を書きながら思った。

アヤコさんが「お風呂だけが安心できる場所」と言った時、最初はそれが問題のように聞こえた。しかし、話を深めていくうちに、それはアヤコさんの体が自分を守るために見つけた、とても賢い方法だったことがわかった。

お風呂の温かさが皮膚を刺激し、副交感神経を活性化させる。それによって、交感神経優位で緊張しっぱなしだった体が、ようやく『安全だ』という信号を受け取る。呼吸がゆっくりになり、心拍が落ち着き、不安が和らぐ。

多くの人が「逃げ」だと自分を責めるこの行為は、実は体が持つ自己調整機能の現れだった。

今日のカウンセリングで大切だったのは、アヤコさんがこのメカニズムを理解し、「自分の体は賢い」と気づいたことだ。そして、お風呂以外でも副交感神経を働かせる方法があると知ったことで、希望の光が見えた。

呼吸法、散歩、自然との触れ合い......これらは全て、体に「ここは安全だ」と教えてあげる方法だ。

次回のカウンセリングでは、アヤコさんが実際に試してみた体験を聞き、さらに具体的なサポートができればと思う。

読者の方へ


もしあなたが、「お風呂でしか安心できない」「特定の場所でしか落ち着けない」と感じているなら、それは決してあなたが弱いからではありません。

それは、あなたの体が、必死にあなたを守ろうとしている証拠です。

交感神経と副交感神経のバランスが崩れた時、体は自分で「安全な場所」を探します。お風呂、静かな部屋、自然の中......人それぞれ違いますが、そこでは副交感神経が働き、体が休息モードに入ります。

大切なのは、その「安全な場所」を否定せず、大事にしながら、少しずつ他の方法も見つけていくことです。

呼吸法は、特に強力なツールです。ゆっくりと息を吐くことに意識を集中するだけで、副交感神経を活性化させ、不安のブレーキをかけることができます。

もし一人で抱えるのが辛いと感じたら、専門家の力を借りることも一つの選択肢です。カウンセラーやセラピストは、あなたの体が何を必要としているのか、一緒に探すお手伝いをすることができます。

あなたの体は、あなたを守ろうと頑張っています。その声に、耳を傾けてあげてください。


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