退職後、誰よりも忙しい。でも心が軽くならない33歳の気づき

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「休んでないですね」と言われて


オンラインのカウンセリングルーム。画面の向こうに映るユミさんは、やや疲れた表情をしていた。でも、その目には「何かを成し遂げなければ」という焦りのようなものが宿っている。

ユミ「あの、最近すごく疲れてて……でも、やらなきゃいけないことがたくさんあって」

ダイキ「やらなきゃいけないこと、ですか」

ユミ「はい。辞めてから3ヶ月経つんですけど、まだ次が決まってなくて。だから毎日、転職サイトをチェックして、応募書類を書いて。あと、今のうちに資格も取ろうと思って勉強してるんです」

彼女は少し早口で話し始めた。

ユミ「それから、会社辞めてから運動不足になるのが心配で、朝5キロ走って、ジムにも週に5回は行くようにしてて。あと、前から気になってたオンライン英会話も始めたんです」

ダイキ「なるほど……」

私は、彼女の話を聞きながら、あることに気づいていた。

ダイキ「ユミさん、今お話しされたこと、全部『退職してから』始めたことですか?」

ユミ「そうです。働いてた時はそんな時間なかったので」

ダイキ「……ユミさん、失礼ですが、今の生活、休んでないですね」

ユミさんの表情が一瞬、固まった。

ユミ「え……でも、仕事してないですよ?」

ダイキ「仕事はされてない。でも、休んでもいない」

ユミ「…………」

彼女は、何かを言おうとして、でも言葉が出てこないようだった。その沈黙の中に、戸惑いと、少しの怒りのようなものが混ざっているのを感じた。

ユミ「でも……休んでたら、体力も落ちるし、次の仕事に向けての準備もできないし……」

その言葉を口にした瞬間、ユミさんの声が少し震えた。

「休む」ことへの罪悪感


ダイキ「ユミさん、『休む』って聞くと、どんな感じがしますか?」

ユミ「どんな感じ、って……」

彼女は少し考えてから答えた。

ユミ「……怖い、かな」

ダイキ「怖い?」

ユミ「はい。休んでる間に、どんどん自分がダメになっていく感じがするんです。体力も落ちるし、頭も鈍るし、やる気もなくなって……そのまま何もできない人間になっちゃうんじゃないかって」

彼女の言葉には、切実さがあった。

ダイキ「『何もできない人間になる』って、すごく怖いことですね」

ユミ「……はい」

ダイキ「ユミさんは今、その恐怖から逃げるために、たくさん動いてるんでしょうか」

ユミさんは、しばらく黙っていた。そして、小さくうなずいた。

ユミ「……そうなのかもしれません。止まったら、終わりな気がして」

ダイキ「止まったら、終わり」

ユミ「はい。会社を辞めたことで、もう私は一度『ダメな選択』をしてるんです。周りは続けてるのに、私だけ辞めて。だから、今度こそちゃんとしなきゃって」

彼女の目に、うっすらと涙が浮かんだ。

頑張れば頑張るほど、疲れていく矛盾


ダイキ「ユミさん、今の生活で、エネルギーは満ちてきてますか?」

ユミ「……え?」

ダイキ「体は元気になってますか? 朝、起きた時に『今日も頑張ろう』って思えますか?」

ユミさんは、答えに詰まった。

ユミ「……正直、朝起きるのがすごく辛いです。目覚ましが鳴っても、『また今日も』って思って……」

ダイキ「また今日も?」

ユミ「また、走らなきゃ。また、応募書類書かなきゃ。また、勉強しなきゃ。って」

ダイキ「…………」

ユミ「でも、やらなきゃダメなんです。やらないと、本当に何もない人間になっちゃう」

彼女の声には、必死さがあった。まるで、自分に言い聞かせるように。

ダイキ「ユミさん、ちょっと変な質問かもしれませんが……今、スマホのバッテリーが10%だったとして、どうしますか?」

ユミ「え? 充電します、当然」

ダイキ「充電しながら、動画見たり、ゲームしたりしますか?」

ユミ「それだと充電遅くなるから……しないかな」

ダイキ「そうですよね。充電を早くしたかったら、何もせずに充電だけする」

ユミ「……はい」

ダイキ「今のユミさんは、バッテリー10%の状態で、充電しながら動画も見て、ゲームもして、アプリも更新して……って、全部やってる感じなんです」

ユミさんは、はっとした表情になった。

ユミ「……それじゃあ、充電できないですよね」

ダイキ「そうなんです」

エネルギーの「収支」という考え方


ダイキ「ユミさんは、『楽しいこと』や『体にいいこと』をすれば、元気になると思ってませんか?」

ユミ「……はい。だから、ジムに行ったり、走ったり」

ダイキ「でも、実際には?」

ユミ「……疲れてます。むしろ、前より疲れてるかも」

ダイキ「それはなぜだと思いますか?」

ユミさんは、少し考えた。

ユミ「わからない……楽しいことって、元気になるんじゃないんですか?」

ダイキ「楽しいことでも、エネルギーは使うんです」

ユミ「え……」

ダイキ「たとえば、旅行って楽しいですよね。でも、旅行から帰ってきたら疲れてませんか?」

ユミ「……あ、確かに」

ダイキ「楽しい=疲れない、ではないんです。楽しくても、新しいことをすれば、刺激を受ければ、体も心もエネルギーを使う。そして、今のユミさんは、そのエネルギーがもう残ってない状態なんです」

ユミさんは、何かに気づいたように目を見開いた。

ユミ「じゃあ、私……ずっと、間違ったことをしてたんですか?」

ダイキ「間違ってたというより、『今のユミさんには合ってなかった』んです」

「危機モード」になってる心


ダイキ「ユミさん、退職する前、どんな状態でしたか?」

ユミ「……毎日、朝から夜まで働いて、上司には怒られて、お客さんからクレーム受けて……もう、限界でした」

ダイキ「限界まで頑張って、それで辞めた」

ユミ「はい」

ダイキ「その状態の時、心も体も、『危機モード』になってたと思うんです」

ユミ「危機モード?」

ダイキ「人間は、強いストレスを受け続けると、心が『生き延びるモード』に切り替わるんです。周りを警戒して、ちょっとしたことにも敏感になって、常に緊張状態」

ユミ「……ああ、それ、すごくわかります。会社にいた時、些細なことでイライラしてたし、周りの目が気になって仕方なかった」

ダイキ「そうですよね。で、その状態のまま退職して、『さあ休もう』と思っても、心はまだ『危機モード』なんです」

ユミ「…………」

ダイキ「だから、休んでるつもりでも、心の中では『本当に大丈夫なのか』『このままでいいのか』って、ずっと警戒してる。それで、落ち着けない」

ユミ「だから、じっとしてられないんだ……」

ダイキ「そうです。じっとしてると不安になる。だから、何かしてないと落ち着かない」

ユミさんは、深くため息をついた。

ユミ「じゃあ、どうすればいいんですか?」

「離れる」「休む」「工夫する」の順番


ダイキ「ストレスに対処する方法って、順番があるんです」

ユミ「順番?」

ダイキ「まず、『離れる』。次に、『休む』。最後に、『工夫する』」

ユミ「…………」

ダイキ「ユミさんは今、一番目の『離れる』はできてます。会社を辞めて、ストレスの元から離れた」

ユミ「はい」

ダイキ「でも、二番目の『休む』を飛ばして、三番目の『工夫する』に行っちゃってるんです」

ユミ「……工夫する?」

ダイキ「ジムに行く、資格を取る、転職活動をする。それって全部、『次に向けての工夫』ですよね」

ユミ「……あ」

ダイキ「でも、二番目の『休む』ができてないから、エネルギーが回復してない。だから、工夫すればするほど、疲れていく」

ユミさんは、しばらく黙っていた。そして、小さな声で言った。

ユミ「じゃあ、私……順番、間違えてたんですね」

ダイキ「間違えてたというか、多くの人が間違えるんです。だって、『休む』って、何もしないことだから」

ユミ「……何もしない」

ダイキ「何もしないって、すごく怖いことですよね」

ユミさんは、うなずいた。涙が一筋、頬を伝った。

「休む」のは「逃げ」じゃない


ユミ「でも……休んでばっかりいたら、本当に何もできなくなっちゃう気がするんです」

ダイキ「その気持ち、すごくわかります」

ユミ「だって、世の中には、辛くても頑張ってる人がいっぱいいて……私だけ、休んでるなんて」

ダイキ「ユミさん、今、骨折してる人がいたとして、その人に『走れ』って言いますか?」

ユミ「え……言わないです」

ダイキ「なんでですか?」

ユミ「骨折してるから……無理したら悪化するし」

ダイキ「そうですよね。骨折してる人には、まず『治療』が必要。それと同じで、心が疲れてる人には、まず『休養』が必要なんです」

ユミ「…………」

ダイキ「でも、骨折は目に見えるけど、心の疲れは目に見えない。だから、『これくらい大丈夫』『もっと頑張らなきゃ』って思っちゃう」

ユミ「……そうかもしれません」

ダイキ「休むのは、逃げじゃないです。治療なんです」

ユミさんは、ハンカチで目を拭いた。

ユミ「……でも、どうやって休めばいいのかわからないんです」

具体的な「休み方」


ダイキ「じゃあ、一緒に考えてみましょう。今のユミさんの生活で、一番エネルギーを使ってることって何ですか?」

ユミ「……転職活動、かな。求人見て、応募書類書いて、面接の準備して……」

ダイキ「それ、1日どのくらいの時間使ってますか?」

ユミ「3時間くらい……いや、もっとかも。求人サイトって、見始めると止まらなくて」

ダイキ「なるほど。じゃあ、それを1日1時間にしたらどうですか?」

ユミ「え……でも、そしたら遅れちゃう」

ダイキ「何に遅れるんですか?」

ユミ「……え」

ダイキ「今、明日までに応募しなきゃいけない求人があるんですか?」

ユミ「……ないです」

ダイキ「だったら、1時間でいいんじゃないですか? それとも、3時間かけないと、何か起きますか?」

ユミさんは、しばらく考えた。

ユミ「……何も起きないです。ただ、『やらなきゃ』って思って」

ダイキ「その『やらなきゃ』が、ユミさんを追い詰めてるんです」

刺激から離れる時間


ダイキ「あと、もう一つ。ユミさん、スマホって1日どのくらい見てますか?」

ユミ「え……わからないけど、結構見てるかも」

ダイキ「転職サイト、SNS、ニュース……」

ユミ「はい、全部見てます」

ダイキ「それ、全部『刺激』なんです」

ユミ「刺激?」

ダイキ「新しい情報、誰かの投稿、ニュース。それを見るたびに、脳はエネルギーを使うんです」

ユミ「……そうなんですか」

ダイキ「特に、疲れてる時って、刺激的な情報に引き寄せられやすいんです。でも、それを見れば見るほど、疲れは増える」

ユミ「……じゃあ、見ない方がいいんですか?」

ダイキ「全部見るな、とは言いません。でも、『見ない時間』を作ることは大事です」

ユミ「見ない時間……」

ダイキ「たとえば、夜8時以降はスマホを見ない、とか。朝起きてすぐにスマホを見ない、とか」

ユミ「……難しそう」

ダイキ「難しいですよね。でも、やってみる価値はあると思います」

「何もしない」という勇気


ダイキ「ユミさん、今日ここまでお話しして、どんな気持ちですか?」

ユミ「……正直、まだモヤモヤしてます」

ダイキ「モヤモヤ?」

ユミ「はい。『休んだ方がいい』っていうのは頭ではわかるんです。でも、心が『それでいいのか』って言ってる感じで」

ダイキ「そうですよね。長い間、『頑張らなきゃ』って思って生きてきたから、急に『休んでいい』って言われても、信じられないですよね」

ユミ「……はい」

ダイキ「でも、ユミさん、考えてみてください。今のやり方で、元気になってますか?」

ユミさんは、首を横に振った。

ユミ「……なってないです」

ダイキ「だったら、違うやり方を試してみる価値はあるんじゃないですか?」

ユミ「…………」

ダイキ「何もしない、って、すごく勇気がいることです。でも、その勇気が、ユミさんを次のステージに連れて行ってくれるかもしれない」

ユミさんは、深呼吸をした。

ユミ「……やってみます」

ダイキ「無理しなくていいですよ。少しずつ、できる範囲で」

ユミ「はい」

3週間後の変化


それから3週間後。再びオンラインでユミさんと話した。

ユミ「ダイキさん、ちょっと変化がありました」

彼女の表情は、前回よりも明るかった。

ダイキ「どんな変化ですか?」

ユミ「転職活動、1日1時間って決めてやったんです。最初はすごく不安だったけど……意外と、それで十分でした」

ダイキ「それは良かったです」

ユミ「あと、夜8時以降はスマホ見ないって決めて。最初の3日は無理だったけど、4日目からできるようになって」

ダイキ「すごいですね」

ユミ「それで、8時以降は本を読んだり、ぼーっとしたり……してたんですけど」

ダイキ「はい」

ユミ「なんか、久しぶりに『何も考えない時間』ができて……それが、すごく楽だったんです」

彼女の声には、少し驚きが混じっていた。

ユミ「ずっと、何かしてなきゃって思ってたけど、何もしなくても、別に大丈夫だったんだなって」

ダイキ「それは、大きな気づきですね」

ユミ「はい。あと、朝のランニングも週2回に減らしたんです。最初は『体力落ちるかな』って心配だったけど……」

ダイキ「実際は?」

ユミ「逆に、走る時の方が楽になった気がします。毎日走ってた時は、義務感でしんどかったけど、週2回だと『今日は走る日だ』って思えて」

ダイキ「それ、すごく大事なことです」

まだ続く旅路


ユミ「でも、まだ完全に不安がなくなったわけじゃないんです」

ダイキ「どんな不安ですか?」

ユミ「このペースで本当にいいのか、とか……もっと頑張ってる人と比べちゃうと、焦る気持ちが出てきて」

ダイキ「そうですよね」

ユミ「でも、前と違うのは、その焦りに気づけるようになったことです」

ダイキ「気づける?」

ユミ「『あ、今、私焦ってるな』って。で、『でも、今は休む時期なんだ』って、自分に言い聞かせるようにして」

ダイキ「それ、とても大切なスキルです」

ユミ「まだ、完璧にはできないですけど……少しずつ、自分のペースが掴めてきた気がします」

彼女は、少し照れくさそうに笑った。

最後に見えてきたもの


ダイキ「ユミさん、今の状態を、一言で表すとしたら?」

ユミさんは、少し考えた。

ユミ「……『充電中』、かな」

ダイキ「充電中?」

ユミ「はい。前は、バッテリー空っぽのまま走り続けてたけど、今は充電してる。まだ100%じゃないけど、確実に増えてる感じがします」

ダイキ「いい表現ですね」

ユミ「次に進むための準備をしてるっていうか……焦らずに、今は自分を整える時間なんだって思えるようになりました」

ダイキ「その感覚、大事にしてください」

ユミ「はい。ありがとうございます」

画面の向こうのユミさんは、最初に会った時とは違う顔をしていた。

まだ不安は残っている。でも、その不安と、少しずつ付き合えるようになっている。

「休む」という勇気を持てたこと。それが、彼女の次の一歩につながっていくのだろう。

【この対話を通じて】


ユミさんのように、退職後に「頑張らなきゃ」とエネルギーを使い続けてしまう人は少なくありません。

でも、疲れている時に必要なのは、「楽しいこと」ではなく「エネルギーを使わないこと」。

それは逃げではなく、次に進むための大切な準備です。

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