誰かがいないと、安心できない
カウンセリングルームに入ってきたクライエントは、少し疲れた表情をしていた。椅子に座ると、小さく息を吐いた。
クライエント「あの、最近......なんていうか、ずっと落ち着かないんです」
ダイキ「落ち着かない、ですか」
クライエント「はい。仕事中も、家にいるときも、なんとなく......心がざわざわしてる感じで」
少し間が空いた。クライエントは膝の上で手を組んだり離したりしている。
ダイキ「そのざわざわは、いつ頃から感じるようになりました?」
クライエント「うーん......気づいたら、ですね。最近、一人でいると特にひどくて」
クライエントは視線を落とした。
クライエント「友達と会ってるときとか、職場で誰かと話してるときは大丈夫なんです。でも、家に帰って一人になると......なんか、ダメなんですよね」
ダイキ「誰かといると大丈夫だけど、一人になると不安になる」
クライエント「そうなんです。だから、最近はずっとテレビつけてるし、SNSも見まくってて。何かしら誰かとつながってないと......怖いんです」
クライエントの声が少し震えた。
「安心」を探し続けた日々
ダイキ「怖い、というのは......どんな感じですか?」
クライエント「......なんか、置いてかれる感じ? みんなは前に進んでるのに、自分だけ取り残されてる気がして」
クライエントは窓の外を見た。
クライエント「数年前に体調崩してから、ずっとこんな感じかもしれません。周りの人はどんどん結婚したり、昇進したり、安定した生活を送ってるのに......自分はいつまで経っても」
言葉が途切れた。
ダイキ「自分はいつまで経っても......?」
クライエント「ちゃんとできてないんです。仕事も短期契約だし、将来のことも全然決まってないし。このままでいいのかって、毎日考えちゃって」
ダイキ「毎日考えてる」
クライエント「はい......。だから、誰かに認めてもらいたいんです。『大丈夫だよ』って言ってもらえたら、少し安心できるかなって」
クライエントは小さく笑った。でも、その笑顔はどこか寂しそうだった。
ダイキ「誰かに『大丈夫』って言ってもらえたら、安心できる」
クライエント「......でも、いつまでもそれを求め続けるのも、なんか違う気がしてて。友達にも申し訳ないし」
ダイキ「申し訳ない?」
クライエント「ずっと愚痴ばっかり聞いてもらってるから。最近、連絡するのも遠慮しちゃうんです。『また不安な話するのか』って思われてそうで」
そう言いながら、クライエントはスマホを取り出してまた戻した。無意識の動作のようだった。
外に求め続けていたもの
ダイキ「友達に連絡するのも遠慮してしまう。でも、一人だと不安」
クライエント「はい......。どうしたらいいのか、わからなくて」
少し沈黙が流れた。クライエントは深く息を吸って、ゆっくりと吐いた。
ダイキ「今、深呼吸されましたね」
クライエント「あ、はい......無意識にやってました」
ダイキ「その深呼吸をしたとき、少しでも変化はありましたか?」
クライエントは少し考えた。
クライエント「......ちょっと、落ち着いた......かも?」
ダイキ「ちょっと落ち着いた」
クライエント「でも、そんな簡単なことで安心できるわけないですよね」
クライエントは首を横に振った。
ダイキ「なぜ、そう思います?」
クライエント「だって......呼吸なんて誰でもしてるし。特別なことじゃないから」
ダイキ「特別じゃないと、意味がない」
クライエント「......そういうわけじゃないんですけど。でも、もっと何か......すごい方法があるんじゃないかって」
クライエントは少し焦ったように話し始めた。
クライエント「ネットで調べると、いろんな方法が出てくるんです。瞑想とか、ヨガとか、自己啓発セミナーとか。でも、どれも続かなくて。結局、自分には無理なのかなって」
ダイキ「いろんな方法を試したけど、続かなかった」
クライエント「はい......。だから、やっぱり誰かに支えてもらうしかないのかなって」
自分で安心を作れることへの気づき
ダイキ「......少し、聞いてもいいですか」
クライエント「はい」
ダイキ「さっき深呼吸したとき、『ちょっと落ち着いた』っておっしゃいましたよね」
クライエント「......はい」
ダイキ「それは、誰かに何かをしてもらったわけじゃなく、自分でやったことですよね」
クライエントは動きを止めた。
クライエント「......そう、ですね」
ダイキ「その『ちょっと落ち着いた』感覚って、小さいかもしれないけど、それも安心感の一つじゃないですか?」
クライエントは何も言わなかった。でも、目が少し大きくなった。
クライエント「......でも、それって......本当に安心してるんですか? ただの気のせいかもしれないし」
ダイキ「気のせいだとしたら、どうですか?」
クライエント「......え?」
ダイキ「仮にそれが気のせいだったとして、それで少しでも楽になれるなら、それでもいいんじゃないですか」
クライエントは言葉に詰まった。しばらく黙って、また深呼吸をした。
クライエント「......今、また呼吸したら......少し、楽になりました」
ダイキ「楽になった」
クライエント「でも......こんな簡単なことで......」
言葉が続かなかった。クライエントの目に涙が浮かんだ。
クライエント「ずっと、すごいことをしなきゃって思ってました。誰かにすごいって認めてもらえることを探して......でも、本当は......こんな小さなことでも......」
涙が一筋、頬を伝った。
クライエント「自分で、安心を作れるんですね......」
その言葉を口にした瞬間、クライエントの肩から力が抜けた。
小さな習慣を重ねる
次のセッション。クライエントは前回よりも少し明るい表情で入ってきた。
クライエント「この一週間、呼吸を意識してみたんです」
ダイキ「どうでした?」
クライエント「最初は......正直、よくわからなかったんです。ただ呼吸してるだけじゃんって思って」
ダイキ「ただ呼吸してるだけ」
クライエント「でも、3日目くらいから......なんか、違いがわかってきたんです」
クライエントは少し前のめりになった。
クライエント「夜、不安で目が覚めたとき、いつもならすぐスマホ見てたんですけど......その前に、ゆっくり呼吸してみたんです。そしたら......」
ダイキ「そしたら?」
クライエント「スマホ見なくても、また眠れたんです。びっくりしました」
ダイキ「スマホを見なくても眠れた」
クライエント「はい。それで、もしかして他にも自分でできることがあるのかなって思って」
クライエントは少し恥ずかしそうに笑った。
ダイキ「他にも、何か試してみたいことはありますか?」
クライエント「実は......朝、窓を開けて外の空気を吸ってみたんです。たった5分くらいなんですけど」
ダイキ「外の空気を吸ってみた」
クライエント「最初は意味あるのかなって思ったんですけど......なんか、頭がスッキリして。それで、仕事に行く前の憂鬱な気持ちが少し軽くなった気がしたんです」
ダイキ「憂鬱な気持ちが軽くなった」
クライエント「こういう小さいことでいいんですかね? もっと、ちゃんとしたことをした方がいいんじゃないかって、まだ思っちゃうんですけど」
「ちゃんとしなきゃ」からの解放
ダイキ「『ちゃんとしたこと』って、たとえば?」
クライエント「うーん......ジムに通うとか、何か資格の勉強するとか」
ダイキ「それって、今のあなたに必要なことですか?」
クライエントは考え込んだ。
クライエント「......わからないです。でも、みんなそういうことしてるから」
ダイキ「みんながしてるから」
クライエント「......また、他人の目を気にしてますね、私」
クライエントは苦笑した。
ダイキ「気づけましたね」
クライエント「はい......。本当は、私が欲しいのは『すごい』って思われることじゃなくて......ただ、安心したいだけなんですよね」
ダイキ「ただ、安心したい」
クライエント「だとしたら......朝の5分とか、寝る前の呼吸とか、そういうので十分なのかもしれないです」
クライエントは窓の外を見た。
クライエント「前は、誰かに『大丈夫』って言ってもらわないと安心できなかったけど......今は、自分で『大丈夫』って思えるようになってきた気がします」
自分を客観的に見る
ダイキ「もう一つ、試してみたいことがあるんですけど」
クライエント「何ですか?」
ダイキ「鏡を見ることです」
クライエント「鏡......ですか?」
クライエントは少し意外そうな顔をした。
ダイキ「はい。自分の姿を客観的に見るんです。不安になったとき、鏡に映った自分を見て、『今、どんな顔してる?』って問いかけてみる」
クライエント「それで......どうなるんですか?」
ダイキ「自分を客観的に見ることで、冷静になれることがあります。『あ、今すごく眉間にしわ寄ってるな』とか、『肩に力入ってるな』とか、気づけるんです」
クライエント「気づいたら......?」
ダイキ「気づけたら、変えられます。『肩の力、抜いてみよう』って」
クライエントは少し考えてから、小さく頷いた。
クライエント「なんか......ナルシストみたいで恥ずかしいですけど......やってみます」
ダイキ「誰も見てないですから」
二人は笑った。
エネルギーの収支を考える
数週間後のセッション。クライエントの表情は、初回とは明らかに違っていた。
クライエント「最近、気づいたことがあるんです」
ダイキ「どんなことですか?」
クライエント「私、ずっと......安心するために、いろんなことをやろうとしてたんですけど、それが逆に疲れる原因になってたかもしれないです」
ダイキ「疲れる原因に」
クライエント「はい。たとえば、友達に会って愚痴を聞いてもらうのも、その時は楽になるんですけど......後から『また迷惑かけちゃった』って罪悪感が来て、結局疲れるんです」
ダイキ「その時は楽になるけど、後から疲れる」
クライエント「あと、休みの日に『せっかくだから何かしなきゃ』って思って出かけても、帰ってきたらドッと疲れて......次の日まで引きずるんです」
クライエントは少し考えてから続けた。
クライエント「でも、朝の5分とか、寝る前の呼吸とかは......疲れないんです。むしろ、元気になる感じがして」
ダイキ「元気になる感じ」
クライエント「はい。なんていうか......充電されてる感じ?」
ダイキ「いい表現ですね」
クライエント「それで思ったんですけど......私、ずっとバッテリーを使いながら充電しようとしてたのかもしれないです」
クライエントの目が輝いた。
クライエント「そうじゃなくて、一旦全部止めて、ちゃんと充電する時間を作る。それが大事なんですよね」
ダイキ「そうですね。エネルギーの収支で考えると、使う量よりも補給する量が多い状態を作ることが大切です」
クライエント「補給する量を多くする......」
クライエントは深く頷いた。
習慣が自然になっていく
ダイキ「今、毎日続けてることは何がありますか?」
クライエント「えっと......朝起きたら窓を開けて、5分くらい外の空気を吸うこと。それから、寝る前に3分くらい、ゆっくり呼吸すること」
ダイキ「他には?」
クライエント「あと、鏡を見る習慣もつきました。最初は恥ずかしかったんですけど......今は、『あ、今疲れてるな』とか『今日は調子いいな』とか、自分の状態がわかるようになってきて」
ダイキ「自分の状態がわかる」
クライエント「はい。それで、『今日はちょっと無理しない方がいいな』とか、自分で調整できるようになってきたんです」
クライエントは少し照れくさそうに笑った。
クライエント「あと......これは小さいことなんですけど、スマホを見る時間が減りました」
ダイキ「それは大きな変化ですね」
クライエント「前は、不安になるとすぐSNS見てたんですけど......今は、まず呼吸してみるんです。それで落ち着いたら、別に見なくてもいいやって思えて」
ダイキ「別に見なくてもいい」
クライエント「はい。誰かとつながってなくても、一人でも......大丈夫なんだって思えるようになりました」
小さな変化が積み重なって
ダイキ「最近、夜は眠れてますか?」
クライエント「はい、だいぶ眠れるようになりました。前は夜中に何回も目が覚めてたんですけど......今は朝まで眠れる日が増えて」
ダイキ「それは良かったですね」
クライエント「あと......これは自分でもびっくりしてるんですけど、職場で焦ることが減ったんです」
ダイキ「焦ることが減った」
クライエント「前は、何かあるとすぐ『どうしよう、どうしよう』ってパニックになってたんですけど......今は、『まず深呼吸』って思えるようになって」
クライエントは笑顔で続けた。
クライエント「深呼吸すると、不思議と『なんとかなる』って思えるんです。実際、なんとかなってますし」
ダイキ「なんとかなる、って思える」
クライエント「はい。それで気づいたんですけど......私、ずっと『自分一人じゃダメだ』って思ってたけど、本当は一人でもできることがいっぱいあったんですね」
ダイキ「一人でもできることがいっぱいある」
クライエント「友達に頼ることも大事だけど、その前に自分で自分を落ち着かせることができる。それって......すごく安心できることだって、今はわかります」
過去を振り返って見えたもの
ダイキ「数年前、体調を崩されたとき、どんな状態でしたか?」
クライエントは少し考えた。
クライエント「......今思えば、あの時もずっと不安だったんです。『ちゃんとしなきゃ』『周りに遅れちゃいけない』って」
ダイキ「ちゃんとしなきゃ、周りに遅れちゃいけない」
クライエント「はい。それで、どんどん自分を追い込んで......結局、体も心も動かなくなって」
クライエントは窓の外を見た。
クライエント「あの時、誰かに『休んでいいよ』って言ってほしかったんです。でも、誰も言ってくれなくて......いや、言ってくれた人もいたかもしれないけど、自分が聞けなかったんですよね」
ダイキ「自分が聞けなかった」
クライエント「『休んだら負けだ』って思ってたから。でも今は......休むことも、自分を大切にすることなんだって思えます」
ダイキ「それに気づけたんですね」
クライエント「はい。あの時の自分に会えるなら、『無理しなくていいよ』って言ってあげたいです」
クライエントの目が潤んだ。
クライエント「そして、『あなたは一人でも大丈夫だよ』って」
未来への一歩
最後のセッション。クライエントは落ち着いた表情で座っていた。
ダイキ「これから、どんなふうに過ごしていきたいですか?」
クライエント「うーん......今のペースを大事にしていきたいです」
ダイキ「今のペース」
クライエント「朝の5分、寝る前の呼吸、鏡を見ること。これは続けていきたいです」
ダイキ「それが、あなたの安心感を作る習慣なんですね」
クライエント「はい。あと......もう一つやりたいことがあって」
ダイキ「何ですか?」
クライエント「自分の状態を記録してみたいんです。今日はどんな気分だったか、何をしたか、何があったか......書き留めておいたら、自分のパターンがわかるかなって」
ダイキ「いいアイデアですね」
クライエント「前は、『こうしなきゃ』『ああしなきゃ』ばかり考えてたんですけど......今は、『今の自分はどうなんだろう?』って、自分に問いかけられるようになりました」
クライエントは微笑んだ。
クライエント「安心って......誰かに与えてもらうものじゃなくて、自分で作っていくものなんですね」
ダイキ「そうですね」
クライエント「まだ不安になることもあると思います。でも、その時は......また呼吸すればいい。窓を開けて空気を吸えばいい。鏡を見て、自分に声をかければいい」
ダイキ「そうして、自分で自分を支えていける」
クライエント「はい。一人でも......大丈夫です」
その言葉には、確かな強さがあった。
カウンセラーの視点
カウンセリングを終えて、私が感じたこと。
このクライエントは、ずっと「安心」を外に求めていた。誰かに認めてもらうこと、誰かに支えてもらうこと、誰かとつながっていること。それがなければ、自分は不安で仕方がないと思っていた。
でも、本当に必要だったのは、自分で自分を支える力だった。
呼吸、外の空気、鏡を見ること、自分の状態を知ること。どれも特別なことではない。でも、これらの小さな習慣が積み重なって、確かな安心感を作り出していった。
大切なのは、「すごいこと」をすることじゃない。毎日、小さなことを続けること。自分のエネルギーを大切に使うこと。そして、自分を客観的に見る目を持つこと。
安心感は、誰かからもらうものではなく、自分で作り出すもの。
それに気づいたとき、人は本当の意味で自由になれるのだと思う。