この記事はフィクションですが、カウンセラーは実在し個人カウンセリングを提供しています
クライエント設定: 美咲さん(仮名)・32歳・IT企業プロジェクトマネージャー(休職中3ヶ月目) 適応障害と診断され休職。その間、自己理解のため様々な診断テストや本を読み漁るが、かえって「本当の自分がわからない」と混乱している状態。
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診断結果が増えるほど、わからなくなった
美咲さんは、私の前で大きなため息をついた。
美咲: すみません、今日もこんな感じで...。最近、何をしても中途半端で。
ダイキ: どんなふうに中途半端なんですか?
美咲: 休職して3ヶ月、自分を見つめ直そうと思って、エニアグラムとか、ストレングスファインダーとか、MBTIとか...いろんな診断やったんです。本も20冊くらい読みました。
美咲さんはスマホの画面を私に見せた。診断結果のスクリーンショットがずらりと並んでいる。
美咲: でも、結果を見れば見るほど、自分がわからなくなって。「あなたは内向型です」って言われても、仕事では普通に話せてたし。「論理的思考が得意」って出ても、感情的になることもあるし...。
ダイキ: たくさん調べたんですね。
美咲: はい。でも...なんていうか、診断結果が増えれば増えるほど、身動きが取れなくなった感じがするんです。
知れば知るほど、動けなくなる
ダイキ: 身動きが取れないって、どういうことでしょう?
美咲さんは少し考えてから、ゆっくりと話し始めた。
美咲: たとえば、転職活動しようと思っても、「私は内向型だから、営業は向いてない」とか、「HSPだから、刺激の強い職場は無理」とか...。診断結果を見ると、できないことばかり見えてきて。
ダイキ: なるほど。
美咲: 友達からランニング誘われても、「私は運動苦手な体質だから」って断っちゃったり。カフェでバイトしようかなって思っても、「人と関わるの苦手って診断に出てたし」って...。
彼女の声のトーンが少しずつ小さくなっていく。
美咲: 気づいたら、何もできない自分がいて。「本当の自分」を知ろうとすればするほど、自分で自分を箱に閉じ込めてる気がします。
その言葉を口にした瞬間、美咲さんの目に涙が浮かんだ。
自己理解が「できない理由」になっていた
ダイキ: 美咲さん、ひとつ聞いてもいいですか。そもそも、なぜ自己理解をしようと思ったんでしょう?
美咲: え...それは、自分に合った仕事とか、生き方を見つけたくて。
ダイキ: 合った生き方を見つけるため、ですね。
美咲: はい...あれ? でも、なんか逆のことしてますね、私。
美咲さんは自分の言葉に気づいたように、はっとした表情を見せた。
美咲: 生きやすくなるために自己理解してたはずなのに、診断結果を見て「これはできない」「あれも向いてない」って...自分で可能性を狭めてました。
ダイキ: 診断って、どう使おうと思ってたんですか?
美咲: ...健康診断みたいなものだと思ってました。検査して、悪いところを見つけて、治す...みたいな。
ダイキ: なるほど。
美咲: でも、健康診断って、検査するだけじゃ健康にならないですよね。生活を変えないと。
美咲さんは自分の言葉に、また少し驚いたような顔をした。
人間データは、経験でしか集まらない
ダイキ: 美咲さん、お腹が空いたとき、何を食べても美味しいって経験、ありますか?
美咲: え、急に...? ありますけど。
ダイキ: それって、診断でわかることじゃないですよね。実際にお腹を空かせて、食べて、初めてわかることだと思うんです。
美咲さんは黙ってうなずいた。
ダイキ: 人が自分を知るって、そういうことじゃないかなって思うんです。診断結果を集めることじゃなくて、いろんな経験をして、「ああ、こういうとき自分はこう感じるんだ」って...データを集めていくような。
美咲: 経験...ですか。
ダイキ: はい。失敗も成功も含めて。
美咲さんはしばらく沈黙していたが、ポツリと言葉を漏らした。
美咲: 私、失敗するのが怖かったのかもしれません。だから先に診断して、失敗しない方法を探そうとしてたのかも。
ダイキ: 失敗が怖い。
美咲: 仕事でも、完璧にやらないと評価されないって思ってて。それで休職になっちゃったのに、休職中も「正しい自己理解」を完璧にやろうとしてました...。
小さな成功体験が、自信を育てる
ダイキ: 美咲さんは、子どもの頃、何か得意だったことってありますか?
美咲: え...? 得意...。あ、図画工作は好きでした。賞とかもらったことあります。
ダイキ: それは嬉しかったですか?
美咲: はい。すごく...。あ、でも大人になってから、絵なんて描いてないです。
ダイキ: なぜでしょう?
美咲さんは少し考えた。
美咲: ...役に立たないと思ってたからかな。仕事にもならないし。
ダイキ: 役に立つかどうかで、やめちゃったんですね。
美咲: そうですね...。でも、好きだったことは確かです。
ダイキ: 自信って、大きな成功からじゃなくて、小さな「できた」の積み重ねで育つんです。賞をもらったことよりも、「描くのが楽しい」「これ、できた」っていう経験の方が、本当は大事だったりする。
美咲さんの表情が、少し柔らかくなった。
ダイキ: 診断結果を見て「私は論理型だから創造的なことは苦手」って思ってませんでしたか?
美咲: ...思ってました。でも、子どもの頃は楽しんでやってましたね、工作。
「本当の自分」は、行動の中にある
ダイキ: 美咲さん、質問を変えますね。今、やってみたいことって何かありますか? 小さなことでいいんです。
美咲さんは少し考えてから、恥ずかしそうに答えた。
美咲: ...散歩、したいです。近所の公園、きれいだなって思ってたけど、「休職中なのに遊んでていいのか」って思って行けなくて。
ダイキ: 散歩したら、美咲さんはどんな人になっちゃいますか?
美咲: え...? なんか、変な質問ですね。
美咲さんは初めて、小さく笑った。
美咲: 別に...何も変わらないですよね。ただ散歩するだけで。
ダイキ: そうですね。
美咲: なんだろう、今まで「自己理解してから行動しなきゃ」って思ってたけど...逆なのかもしれないですね。行動しながら、自分を知っていくっていうか。
ダイキ: どうでしょうね。どちらが先かは、わからないですけど。
美咲: でも、診断結果を眺めてるよりは、散歩した方が気持ちよさそうです。それで「ああ、私は朝の空気が好きなんだな」とか、そういうの感じられるかもしれない。
美咲さんの声に、少しだけ力が戻ってきた。
完璧な自己理解なんて、なくていい
ダイキ: 美咲さん、今日のこの時間、何か変化ありましたか?
美咲: はい...なんか、肩の力が抜けた感じがします。
ダイキ: 具体的には?
美咲: 「本当の自分」を探さなきゃって、すごく焦ってたんです。でも、別に今すぐ答えが出なくてもいいのかなって。
美咲さんは自分の手を見つめながら、ゆっくりと話した。
美咲: 診断結果は参考程度にして、まずは小さなことから試してみようかな。散歩とか、昔好きだったことやってみるとか。失敗してもいいから。
ダイキ: 失敗してもいい、ですか。
美咲: はい。失敗したら、「ああ、これは合わなかったんだな」ってデータが増えるだけですもんね。それも自己理解かもしれない。
ダイキ: 次にお会いするまでに、何かやってみたいことはありますか?
美咲: まずは...明日の朝、散歩してみます。診断結果を見るのはちょっとお休みして。
美咲さんは、今日初めて見せる、穏やかな笑顔で答えた。
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2週間後の面談で、美咲さんは少し日焼けしていた。
美咲: 毎朝散歩してたら、常連のおばあちゃんに話しかけられて。「HSPだから人付き合い苦手」って思ってたけど、普通に楽しくおしゃべりしてる自分がいて。あれ? って。
ダイキ: どんな気づきがありましたか?
美咲: 診断結果は「傾向」であって、「絶対」じゃないんだなって。それに、苦手なことも、小さく試してみたら案外できたりする。
ダイキ: 他には?
美咲: あと、近所のカフェでスケッチ始めました。誰に見せるわけでもないけど、楽しくて。「役に立つかどうか」じゃなくて、「好きかどうか」で選んでいいんだなって思えた。
美咲さんは、もう迷いのない目で話していた。
美咲: 「本当の自分」って、どこかに隠れてるものじゃなくて、毎日の小さな選択の中にあるんですね。完璧に自分を理解しなくても、生きていけるんだって、やっと思えました。