今回は前回の続きで鶏とヤタガラスと八岐大蛇に関して載せていきますね。
まずは鶏についての考察です。
今回は鳥を神様との関連性からAiを通して考察してみました。
古来より、鶏は太陽を呼び出す神聖な鳥として、
夜の闇を払い、新たな始まりを告げる存在として、
人々の暮らしと心に深く根付いてきました。
水鳥もまた、天空と水面、そして深淵を行き来する神秘的な存在として、
物質世界と精神世界を繋ぐ使いとされてきたのです。
近年、世界を覆うように鳥インフルエンザが広がり、
神の使いとも言えるこれらの鳥たちが、かつてない危機に瀕しています。
特に、2020年に現れた強毒性の型は、
同じ年に人間の世界を襲った伝染病と重なるように、瞬く間に広がりました。
これは、高次の存在からの静かなる啓示なのかもしれません。
最近では他の動物にまで感染が広がってきています。
自然界の繊細な均衡は、今や目に見える形で崩れ始めています。
人間の活動が、他の命の尊厳を損ない、自然との調和を乱してきた結果が、
この鳥たちや動物たちの苦しみとして現れているのではないでしょうか。
夜明けを告げる鶏の声が弱まり、自由に水辺を舞う水鳥の姿が失われつつある現状は、私たちが自然との繋がりを断ち、内なる光を見失いかけていることへの、痛切な訴えかけのように感じられます。
ここからは古の物語から鳥と神様の関わりを載せますね。
日本武尊と白鳥の化身
英雄として語られる日本武尊(ヤマトタケルノミコト)は、
故郷である倭国(現在の日本)へ帰る途中、
伊吹山で荒ぶる神と対峙しました。
しかし、山中で出会った巨大な蛇が神の化身であると見抜けず、
また身を守るべき草薙剣を持たずに挑んだため、
山の神の激しい怒りに触れ、重い病に倒れてしまいます。
その魂は白鳥となって天へ飛び立ちました。
これは、力ある者でも傲慢さや油断が失敗を招く可能性、
そして死が終わりではなく魂の変容であることを示唆します。
縫ノ池の乙姫様と水鳥への慈しみ
信州の縫ノ池に住む乙姫様は水鳥を大切にし、
獲る人を戒めたとされ、
水鳥が神聖な存在によって守られるべきかけがえのない命であることを
伝えます。
これらの伝説から、水鳥は神様の使いや神聖な場所の象徴として、
神社と深く結びついてきました。
歴史的な出来事と水鳥
富士川で対峙した平氏の大軍は、
夜中に水鳥の羽音を源氏の夜襲と勘違いし、
総崩れとなって撤退。源氏は戦わずして勝利しました。
この出来事は、
水鳥という小さな存在が、人間の心理や組織の脆弱性を露わにし、
歴史の流れを変えたという、非常に興味深い出来事です。
この偶然の勝利は
自然界の小さな出来事が、
時には歴史を左右するほどの力を持つこと、
また、常に冷静な判断力を持つこと、
不確かな情報に惑わされないことの重要性を
教えてくれるのではないでしょうか。
日本の神話と歴史を通して、
水鳥は神聖な使い、自然の象徴、
そして歴史の転換点における重要な要素として、
人々の生活と信仰に深く根付いてきました。
神聖な鳥たちは、人と神々を繋ぎ、自然の摂理を映す鏡のような
存在です。今、その鏡が曇り始めているとしたら、
それは私たちの生き方や世界との関わり方を深く見つめ直す時が来たという、天からのメッセージなのではないでしょうか。
鶏や水鳥について考察を深める中で、「夜明けを告げる」という
鶏のイメージが繰り返し浮かんできました。
まるで、困難な状況の中にも、いつか必ず明ける時が来ると告げられている
ようです。
もし、再び鶏の力強い歌声が響き渡り、水鳥たちが悠々と空と水面を舞う姿を取り戻すことができたなら、
それは私たちがこの状況から抜け出し、新たな希望に満ちた未来へと
歩み始めたサインとなるのかもしれません。
次にヤタガラスについてです。
太陽神・天照大御神様の神聖な意志を地上に伝える特別な使い、ヤタガラス。その導きは、
再び光を取り戻す力、困難を打ち破るスピリチュアルなエネルギーを
与えてくれると信じられてきました。
三本の足は「天・地・人」を結び、調和と多次元的な繋がりを示す象徴です。困難な時代だからこそ、その導きを心に留め、
多角的な視点と調和の精神を持つことが、
再び光を取り戻すための鍵となるのかもしれません。
また鳥インフルエンザの発生によって
カラスの数が減っている時には
スピリチュアル的には高次の存在からのメッセージが
届きにくくなっているという意味を持ちます。
ですが、興味深い事に
今年は神社の写真のリーディングをしていると
やけにカラスを目にします。
神社を参拝することで
カラス、もしくはヤタガラスが神様から使いとして
たくさん出てきて下さるのではないでしょうか?
参考に写真を添付しますね。
写真は神奈川県茅ヶ崎市浜之郷にある鶴嶺八幡宮の境内にある
鉾宮神社です。
一枚目
右下のピンクの女性が風をよけながら神様に相談に来ています。
左下の神様がおだやかに待っています。
あちこちでカラスや鳥や守護さんがいます。神様も何人かいらっしゃいます。
二枚目
神様に色んな方が相談に来ています。
神様の首には蛇が共にいました。
金色の神様の下にいらっしゃるのは相談乗っておられる女神様です。
(末社の湘南淡嶋神社:淡島神(あわしまのかみ)の亀寿姫様かと)
その右側少し奥で鳥が人を導いています。
拡大するとこんな感じです。
右の木の所で鳥が飛んでいて、人がそれを見つめています。
カラスが先導している様子です。
カラスが羽を広げているので羽に守られているようにも見えます。
三枚目
左の神官さんが案内しています。
やってきたのは精霊さんか人間で、嬉しそうに笑っています。
その先には小龍ちゃんや、その上にいる鳥は鳩に見えました。
神様、女神様(亀寿姫様?)、守護さんたちが勢ぞろいして
微笑んでいます(^^♪金色は須佐之男命様です。
こちらの神社さんでは
相談事があったらいつでもお越しくださいというメッセージを
写真を通して感じました。
ヤタガラスや神様のお使いのカラスが道を指し示してくださるのかと。
鉾宮神社のご祭神は、以下の三柱の神様です。
鉾宮大神(ほこみやのおおかみ)様
古刀比羅命(ことひらのみこと)様
須佐之男命(すさのおのみこと)様
特にイメージされたのは、須佐之男命様(金色になぞったかた)です。
須佐之男命様は、以下のご利益があるとされています。
厄除け、病気平癒、商売繁盛、家内安全、心身の成長、技芸上達
また、鶏の考察で載せた日本武尊と草薙の剣の故事、
そして須佐之男命の八岐大蛇退治における草薙の剣の伝承と、
鉾宮神社の祭神である古刀比羅命という、
剣に関わるイメージが続いているように感じます。
草薙の剣は、武力という直接的な意味合いを超え、
精神的な強さ、困難を乗り越える力、
神聖なエネルギーと繋がる象徴です。
そして古刀比羅命様と須佐之男命様は、
ご祭神として共に祀られていることから、
何らかの繋がりがあり、協力してこの地を守護されていると考えられます。
剣という共通のイメージは、お二方の神様の力強さや、邪悪なものを祓う
ご神徳を象徴しているのではないでしょうか。
特に須佐之男命様は多様なご利益で皆様をお守りくださっています。
剣にまつわるイメージも、神社の持つ力強い守護の力を示唆している
のかもしれません。
また、ヤタガラスは熊野三山においては導きの神として
広く信仰されています。
特に本地仏が阿弥陀如来とされる家都美御子大神(スサノオ)の使いとして、導きの力を持つヤタガラスが位置づけられた、という解釈がありますので
その見方ですとカラスと須佐之男命様は関係があるようです。
次は八岐大蛇(やまたのおろち)についてです。
前回お伝えした内容で
八岐大蛇を災害に例える話をしました。
今年は蛇年ということもあり、
八つの頭を持つ八岐大蛇との関連性をイメージしてしまいます。
八岐大蛇の神話において特筆すべきは、
7人の櫛名田比売の姉たちが犠牲となった点です。
数霊術的に見ると、「8」は無限の可能性と発展を示す一方で、
八岐大蛇の8つの頭は、終わりのない災厄や克服し難い困難を象徴
しているようにも捉えられます。
また、「7」は調和や完成を表しますが、
7人の姉の犠牲は、その災厄によって失われた均衡、
あるいはより高次の目的のための神聖な犠牲を示唆しているとも
解釈できます。
櫛名田比売の両親である足名椎命と手名椎命の名もまた、
深い意味合いを秘めています。
足名椎命は、
大地にしっかりと根を張り、豊かな実りをもたらす父性的な存在として、
安定、育成、そして根源的な生命力を象徴します。
対照的に、
手名椎命は、細やかな愛情と守護の力を持つ母性的な存在として、
愛情、保護、癒し、そして創造性を表していると考えられます。
この二柱の名前が示す陰陽、男性性と女性性といった
宇宙の根源的な力の調和から生まれた櫛名田比売は、
「奇稲田姫」とも記され、稲田の女神、つまり豊穣の象徴として、
両親が持つスピリチュアルな意味を受け継いでいると
言えます。
米は私たち日本人にとって、単なる食料以上の、生命の根源となるものです。
明治初期に来日したイギリス人女性イザベラ・バードは、
その著書『日本奥地紀行』の中で、
人力車夫たちの驚異的なスタミナと、彼らが日常的に食す白米との深い関連について記述しています。
重い荷物を運び、険しい山道を走り抜く車夫たちの驚くべき活力の源が、
休憩中に食べる握り飯や質素な米飯にあると観察したバードは、
当時パンやジャガイモが主食であったイギリスでは一般的でなかった
白米が、いかに彼らのスタミナを支えているのかに強い興味を抱きました。
彼女の記述からは、
車夫たちの強靭な足腰と、疲れを知らない働きぶりには、主食である米が深く関わっていると感じていたことが伝わってきます。
そして、そのスタミナの源であり、
豊穣の象徴である米を人々に授けたのは、太陽神である天照大御神です。
天孫降臨の神話において、天照大御神はニニギノミコトに稲穂を託し、
「この稲穂を大切に育て、地上を豊かな国にしなさい」と命じました。
この「斎庭の稲穂の神勅」は、
日本の稲作の起源を語るとともに、
天照大御神が国土と人々に豊かな恵みを与えたという重要な意味を
持っています。
天照大御神が稲穂を授けたという行為は、
生命の根源を与え、豊穣と繁栄を願う祈りの象徴であり、
神と人との深いつながりを示すものと言えます。
稲作は日本の文化や伝統の基となり、
天照大御神への感謝は様々な祭や儀式で表現されてきました。
かつてお米が実り、その稲穂が
風に揺れる姿は全国各地でどこでも見ることができました。
お米は実る場所すべてに陽の気を運び、
古来より日本各地でホツマツタヱの「御食(みけ)の歌」が
大切に歌い継がれてきました。
この歌は、太陽神である天照大御神が人々に稲の種を授け、
稲作を教えた際の喜びと感謝の念が込められています。
(ホツマツタヱには他にも、田植えや収穫といった農作業の折々に
歌われたであろう歌や、稲の成長、そして豊かな自然の恵みに対する歌が
残されており、これらの歌を通して、
古代の人々が稲をいかに大切に育て、収穫を喜び、
神々に感謝の気持ちを捧げていたかが伝わってきます)
しかし、その大切な稲田が今、危機に瀕しているように感じられます。
日本国内で長年育んできたお米は単なる食料ではなく、
私たちの生命の根源であり、豊穣の象徴である奇稲田姫、
そして光と生命の源である天照大御神と深く結びついています。
そんな時にイメージされた
八岐大蛇退治の神話は、
奇稲田姫の救済と天照大御神の稲の豊穣を通して
試練の先に希望があり、
困難克服の先に豊かな恵みがあるという
日本人への神様のメッセージを示唆している
のではないでしょうか。
私たちが今経験している不安な出来事も、
この神話の視点から見れば、
未来の豊穣を引き寄せるための試練の時と
捉えられるかもしれません。
一方で蛇は、八岐大蛇のように脅威や災害をもたらすイメージもありますが、脱皮を繰り返す姿から再生や復活の象徴とも捉えられてきました。
スサノオの八岐大蛇退治は、
荒ぶる大蛇を乗り越えることで、
スサノオ自身の再生と新たな神としての誕生を象徴しています。
日本武尊の物語では悲劇を招きましたが、
彼の魂は白鳥として再生を遂げました。
善女竜王のように蛇を身にまとう神様や、八岐大蛇を祀る神社も存在し、
蛇が単に恐れるべき存在ではなく、神聖な力や幸運をもたらす使者として
崇められてきたことを示しています。
「蛇は千年生きると龍になる」という伝説は、
困難を乗り越え、より高みへと進化する可能性を示唆する希望の
メッセージです。
脱皮と再生を繰り返す蛇の生命力は、私たち自身の内なる成長や変化の力を信じる勇気を与えてくれるのではないでしょうか。
古来より、蛇は逆境を乗り越え、新たな未来を切り開くための象徴として、人々の心に深く刻まれてきたのです。
次に鶏の卵について載せますね。
先月、天照大御神様についてブログにどうまとめるのに考えていた時、
「何かお伝えすべき事が追加であったら教えていただけますか?」と
天照大御神様に一度確認してみました。
そうしたら「ホツマツタヱ」や「フトマニ」という言葉が
ふと心に浮かびました。
(先ほどの豊穣を願うホツマツタヱの歌もそのイメージが
あったので載せました)
「キミ」と言う言葉も「フトマニカード」を見ていたら
急に目に飛び込んできた言葉です。
そして鶏の卵の「黄身」とどちらも気になったので
調べてみました。
「ホツマツタヱ」では、「キミ」は
主に天皇や皇族といった尊い人々を指し、
宇宙の中心である天照大御神の尊厳を表す言葉として用いられます。
また、物理的な「黄身」は生命の源を象徴することがあります。
一方、「フトマニ」においては、「キミ」は音霊の解釈から
根源的なエネルギーが形となったもの、
宇宙の中心的な力といった意味合いを持ちます。
「ホツマツタヱ」における「君」の尊さや中心性、
「黄身」の生命の源というイメージが、
「フトマニ」における「キミ」の解釈と共鳴する部分があると
言えます。
フトマニ図の中心には根源の神々が配置されており、
そこから万物が展開するとされます。
「キミ」がこの中心と関連づけられる場合、
宇宙の根源、すべての始まり、最も重要な核といった
意味合いを持ちます。
例えるなら、「キミ」は太陽のように太陽系全体の中心であり、
「黄身」は地球の中心核のように、より小さな生命の中心と言えます。
また、日本の国旗(日の丸)もイメージされます。
卵の構造と重ね合わせた時、
中心の赤い丸が生命の根源である「黄身」のように、
太陽のエネルギー、ひいては天照大御神様の力を象徴しているから
かもしれません。
白い部分は「白身」のように、
「キミ」である日本(あるいは日本人)を保護し、清らかさや新たな始まり、無限の可能性を示唆しているとも考えられます。
もし日本を一つの卵と捉えるなら、
私たち日本人はその核となる「黄身」です。
「黄身」を地球の中心核と捉えるならば、
「キミ」が宇宙の中心である天照大御神様
(もしくはアメノミナカヌシ様)として、
私たち日本という存在を大切に守り育んでくださっている、
そんな壮大なイメージが湧き上がってきます。
また「黄身」を地球の中心核として見た時
今後日本が地球の中心となっていくということを意味するのでは
無いでしょうか?
(ここには載せていませんが「君が代」の歌もその視点で
調べてみるのも興味深いかもしれませんね^^)
「キミ」には他にも色んな意味が込められていると感じます。
以前こちらで釈迦如来様のお言葉が気になった話を載せました。
この中で木の実の話がありました。
その時は小龍ちゃんを木の実と例えて話をしましたが
これをもっと範囲を広げて
日本人を木の実の「木実キミ」として見た時、
地球の大地から天に向かって高く伸びる木は、
地球と宇宙を結ぶ神聖なアンテナとして捉えられます。
木は宇宙のエネルギーを受け取り、地球の恵みを吸収して、
実を結びます。
木の実には、未来への可能性の種が宿っています。
小さな実に秘められた力は、
私たち自身の内なる可能性を、
そして時間をかけて実を結ぶ姿は、努力の末の成就を
教えてくれます。
「キミ」という言葉には、生命の根源、
太陽神である天照大御神様の
エネルギー、宇宙との調和、命の尊さ、そして実りといった
多様な意味が込められていると感じています。
次に今年お勧めの神社をお伝えしますね。
寒川神社です。
何故かやけに寒川神社さんにまつわるイメージや
話が届きます。
八方除けの神社さんなのでお勧めです☆
八方除とは、地相、家相、方位、日柄など、あらゆる方角から来る
災厄を取り除くご利益のことです。
今年が八岐大蛇が暴れる年なのでしたら
八方除けはしておくと安心です。
人生における様々な方向からの(祝福)を得られる、
霊的パワースポットですので一度参拝されてみてくださいね!
寒川神社が近くにない場合でも
八方除けの神社が他にあれば参拝されるといいかと。
最後に、あともう少しだけ載せますね。
長くなりすぎて載せきれなかった部分なんですが、
小龍ちゃん派遣を始めた当初から
毎年、その年ならではの動物をよく見かけます。
犬、孔雀、亀、獅子、虎、兎などです。
(そのあたりも載せたかったので少し残念です(^▽^;))
そして関わる神様もそれぞれ変わります。
孔雀(または朱雀)は天照大御神様、兎は大国主様です。
犬はアメノミナカヌシ様です。
(千葉神社の
写真には犬の守護がたくさんいる姿がよく写り込みました。
映り込むのは大体 神道護摩壇(火美香)です。
もしくは本殿の重層社殿の2階部分でした)
でも全ての動物に関わるときは
誉田別命(ほんだわけのみこと別名応神天皇)様が特に目立ちます。
事任八幡宮は「一言主」の神様のおられる場所なので
言葉よりも写真にイメージをたくさん送ってくださいました。
写真を通して、
神様の温かいお心や生き物への深い愛情が伝わってきました。
鶴嶺八幡宮にはそんな応神天皇がいらっしゃることからも
動物たちが目立ちました。
鳩は応神天皇のみ使いですし、
カラスが神社内でたくさん見かけられるのも応神天皇が
いらっしゃるからかもしれません。
なので誉田別命様か応神天皇のいらっしゃる神社。
天照大御神様のいらっしゃる神社。
スサノオ様のいらっしゃる神社。
ヤタガラスが祭られている神社なども参拝にいいかと。
もちろんそれ以外の神社でも
今年はあちこちでカラスを見かけますので
道を指し示す役割を担っているカラスが参拝されると
お手伝いして下さるかもしれません。
神社に参拝されて相談してみてくださいね☆
以上です。
長々とお読みいただきありがとうございます☆
まとめきれないで読みづらい部分もあると思いますが
楽しんでいただけたら嬉しいです^^
5月は神様や龍神様が身近に降りてきやすいパワーのある時期です。
夢を通してだったり何かの形で、神様と繋がれる可能性が
ありますので、どんどんつながっていってくださいね☆