もしも恋人と「一緒にいられる時間」を自由に選べるとしたら、宇宙が終わりを迎えるその瞬間まで、一秒も離れずに寄り添っていたいと願ってしまいます。
トイレに行く隙すら与えず、マグネットのようにぴたりとくっつき、息をするタイミングまでも合わせたいくらい(?)かもしれません。
しかし、現実はそう甘くありません。
四六時中、一緒にいれば、お互いの些細なクセが気になり、ちょっとしたことで衝突してしまうこともあるでしょう。
だからこそ、「永遠の愛」を育むためには「適度なガス抜き」が必要です。
ずっとべったりするのではなく、あえて少しだけ離れる時間を作る。そうすることで、「早く会いたいな」と恋しさがふくらんでいくのだと蒼俊は思います。
結局のところ、一般的な恋人が望む「一緒にいたい限界のライン」は、お互いの息が詰まらないギリギリまで、ということになります。
さて、七月七日といえば、織姫と彦星が年に一度だけ会える特別な日ですね。
この夜空を彩る二つの星は、「夏の大三角」として知られる、こと座の「ベガ」と、わし座の「アルタイル」であることはご存じの方も多いでしょう。
そんなロマンチックな七夕伝説ですが、実はちょっと面白い計算をしてみたいと思います。
伝説では年に一度の逢瀬(おうせ)とされていますが、星の世界のスケールは私たちの想像をはるかに超えています。
ベガやアルタイルといった恒星(こうせい)の寿命は数十億年から百億年とも言われています。
仮に二人の寿命を八十億年とすると、単純に彼らは一生のうちに八十億回も顔を合わせている計算になるのです。
では、この壮大な時間を、人間の寿命に置き換えてみましょう。
仮に人間の寿命を「人生100年時代」に合わせ「100歳」の生涯とします。
その間に八十億回会うためには、なんと1秒間に2.5回以上のペースで会わなければなりません。
年に一度しか会えない悲劇の恋人たちのはずが、計算してみると、周囲も驚くほどのラブラブなカップルに思えてきて微笑ましい(?)ですね。
このように恋人たちの逢瀬の舞台として輝く天の川ですが、日本の伝統的な信仰においては、また少し違った、深い意味の境界線として見つめられてきました。
もともと旧暦の七月七日は、一週間後に控えたお盆(七月十五日)の準備期間にあたります。
そのため日本では「お盆に帰ってくるご先祖様の魂は、天の川に架かる橋を渡って現世にやってくる」という信仰が生まれました。
このことから、夜空の天の川を、現世とあの世を繋ぐ川、つまり「三途の川」の役割として見立てるようになったのです。
仏教では、私たちが生きる迷いの世界(現世)を「此岸(しがん)」、悟りの世界(あの世・浄土)を「彼岸(ひがん)」と呼び、その間には川が流れていると考えます。
夜空に広がるあの美しく広大な天の川もまた、この世とあの世を隔てる神秘的な境界線として、人々の心の中で仏教の教えと自然に結びついていったのでしょう。
少し話は変わりますが、七夕が「秋」の季語であることをご存じでしょうか。
もともと七夕は旧暦の行事であり、現在の暦に直すと八月の上旬から中旬頃、つまり立秋の時期にあたるため、秋の季語とされているのです。
北海道や仙台で今も八月に七夕まつりが開催されているのも、こうした旧暦の名残りです。
これは、旧暦の五月が梅雨の時期にあたるため、「五月雨(さみだれ)」や「五月晴れ(さつきばれ)」が夏の季語になっているのと似ています。
年に一度の恋人たちの再会、ご先祖様を迎える心の準備、そして秋の訪れ。季節の移ろいに思いを馳せながら、星々の物語に耳を傾ける。
そんな夜空のロマンと信仰の歴史に触れると、少しだけ日常のあわただしさを忘れて、豊かな気持ち(?)になれますでしょうか。
蒼俊 合掌