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コラム
年末あたりから、なんだかよくわからん体調不良が続いていた。
こんなに体調不良が長引くのはいつぶりだか記憶にない。
今日はだいぶ良かったけど、なんとなく残りものの気配はしていた。
それに加えてこころの状態もかなり乱高下を繰り返していた。
これは体調に比べたら比較的新しい記憶はあるが、それでも久しぶりだなぁと思うような他責・他人軸の発想が現れては消えて、なんなら自分と向き合う事からも逃げている節が度々あった。
それらが今日、一段落した感覚がある。

乱高下の中で、自分の嫌いなところがクローズアップされたりとか、支えてくれる存在に不満を抱いたりとか、なんなら懐かしさすら感じるそれらの発想にびっくりして暴れたりもした。比喩じゃなくてほんとに暴れた。
そのくらいがっつり感情を自分の中で野放しで暴れさせて、感情ぐちゃぐちゃになったのが昨日。
そして自分を支えてくれるたくさんの存在が、そのぐちゃぐちゃを引き起こしたり、最終的に理解への道筋を作ってくれたりした。

結論は至ってシンプル。いつの時もそうだけどね。
自分を信じる。
それだけ。
自分軸で自分を愛する感覚が戻って、それらのぐちゃぐちゃはキレイさっぱり解決してしまった。

そしてそれをさらに補強してくれるかのように、今日母と姉と長めに話した中で、特にテーマを定めていたわけではなく、各々の現況や出来事を話していく事で自然とそういう話になったのだが、やはり自分の本質に従って生きていく事こそが、結果一番自分自身のためになるという確信を深めた。

また、姉に対して最近とても信頼を増していたが、母に対しても認識を刷新するきっかけになった。
先日自分が今やろうとしている、自分のやりたい事を仕事にしていくということを、母は既にいくつも成していることに気付き、今日直接話を聞いて、この人は先人かつ同志なのだと感じた。
それは既に昇天している父にも、最近そういった事を感じていた。

自分は両親にたくさんの感情を渦巻かせてきた。
不満と怒りと劣等感、思慕と尊敬と甘えなどがぐちゃぐちゃに混ざっていた。
家族の繋がりを表面上のものにして深く入らないようにしていた状態から、知って、認めて、受け入れてと一つ一つ浄化してきたことで、家族の顔色を伺う状態から家族に対して強い状態を経て、フラットに受け入れる段階に入れたのかもしれない。

その目線で見てみると、実は母もとてもフラットな視点を持っていて、今まで自分が母親の言動で引っかかっていたところは、自分にその凸凹があったからってだけなのか、という可能性を大いに感じた。

そんな話の中で、おおっと思った話をひとつ。
母は絵手紙教室をやっていて、その教室での今年のテーマは「軸」だということだ。
絵手紙においても非常に重要な事であるが、それは他の色々のことにも当てはまる、と言っていた。
軸・バランス・調和といろんな言い方があるが、この記事の冒頭でも書いたように、最重要事項と言っても過言ではないそれを昨日再認識させられた上で今日のこの母の言葉。
大事なことだから2回言ってもらってありがたい限り🤟
ほんとそれに尽きるんだよね
そういった生きる上でこの上なく大事なことを、何も示し合わせずとも理解し合えるこの関係性を家族と築けるという事は、これを恵みと言わずしてなんと言うのか、だよなぁ。

ここで突然の光輝三国志ですが、
「思えば玄徳は果報過ぎる、慎まねばならん慎まねばならん」
と、水鏡先生に伏龍鳳雛のどちらかを得れば天下をとれると言われていた2人が自分の元に参画した時劉備が言ってたけど、

ぜっっっったい慎まねー!!!!(笑)
大いに与えられていることに感謝はもちろんする
でもこれだけ与えられてるなら、使えるもん全部使って暴れ倒さなきゃもったいないもんね!
謙虚とか自分を低くするのって不自然だしね。
恵まれているということは恵まれているということなんですよ!w
みんな違ってみんないいんだから、みんな引っ込んでないで暴れればいいんよ!
あ、暴れないのもいいんだけどねwやりたいならってこと。

というわけでリターンオブはやと。
やります。
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