😰🤜👿 ”大きい”高い”にこだわるのも 今に、これからに、あってない?

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 住友林業木造で高層ビル計画は面白いし良いとは思うが、 なぜ、東京に固執し、15階以上350mの高層を 望むのか?

 いくら高層ビルが燃えにくくしても、もし火事が起き、はしご車の届かない高層だったらどうするのか?

 また、老朽化になり壊したり立て直す場合はどうなのか?
 淡路島の「世界平和大観音像」{後々老朽化で平和ではなくなったが}解体で大事になっていたが、

 そも々高層ビルにしても、高層・大物に対して日本の国・政府は甘いが、後々市民や住民が困るので「高層・大物」は解体分の支度金を前もって行政に払う供託金にさせるのが、市民住民へのサービスではないか?

 Clt協会や住友林業も木造で高層ビルを造るなら
 (04/09【ロシア取引で困っている中小に】ブログ掲載)の北海道のロシア取引停止で困っている中小企業の新たな産業の建物や雪・風雨・高温外気に耐えられる大型(と言ってもこれは街なので中型を繋ぐ)木造ドームを造るとか(04/12【それでは旧態依然、古い発想では?】参照)、

 東京の高層にこだわらず、どうせ造るなら、地方の駅のシャッター商店街リニューアルに木造で10階近くの中層でアーケード屋根付け、コンパクトシティ化でもいいと思う。

 (04/12【それでは旧態依然、古い発想では?】)の超高層マンション、大型物流倉庫ではないが、

 地方の町興し的祭りよりオリンピックや万博などの大きい祭り、地方地域の発電より原発・火力などの大型発電所、堤防土台守る柳の柳枝工や吉宗の桜花見堤防造りではなく巨大コンクリ堤防、地方の駅やシャッター商店街リニューアルのコンパクトシティではなく都会開発や与党から出てくる案は「スーパーシティ構想・デジタル田園都市計画」、

 高い(高層)、大きい(大型)、地方より都会(東京)、巨額使用(公費公金を少ない額で効果的ではなく 借金かさんでもでも使う)

 企業や個人、特に公・行政系はなぜ、「高い、大きい、東京、巨額」にこだわるのか?

 災害やコロナなどの感染症から考えても、電力や都市機能は大都会一極集中より、地方地域でまとまる方が良いと結果が出ているし、

 災害・天候不順・収穫高管理・地方地域就労から見ても、これからは室内農業・室内養殖・食物生産加工工場時代だが、作る場合は管理上、丈の”長い”や”大きい”ではなく”短く”小~中型”ぐらいの大きさ。

 そも々核家族や独身者が増え、大きいキャベツ・大きい大根・大きいスイカが食べづらくなって、今や半分から1/4か、小さめな物が好まれている。

 つまり、大きいものから小さいものに変わりつつあるのではないか?

 『高い』『大きい』『東京』『巨額』にこだわること自体、古い考え方なのではないかと思う。

 「大きい事はいいことだ」と言うCMもあったが、これからは「小さい」「コンパクト」とか、「大きい事は(さほど) いいことでもない」時代かも知れない。
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