逢瀬 その19

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小説

※(21) 過去に掲載したものを、改正して再投稿。

【短編集(シリーズ)より】


本文


 島崎は先に立って、二笠会館の中華料理専門店に入る。
店の入り口に立っていた案内係の男は、島崎の顔を知っているらしく、
深く一礼すると
いらっしゃいませ、ご案内いたします。」と言って、
円卓がひとつ置かれた部屋に、案内してくれた。


テーブルは6人位で、使えそうな大きさがあったが、
2人が入ると、他の椅子はすべて素速く片付けられた。

テーブルに運ばれた料理に、箸も付けずに、
お湯で割った老酒を一口飲み込んでから、島崎が話し出した。


私が、何故君たちを三疋屋に追いやったか、何故政治家連中が、密談に使うこの料理店を選んだのか、よく考えながら聞いて欲しい。質問は、後でまとめて聞こう、いいかね。


神津が頷くのを、見極めてから、



私の女狂いと絵道楽は、商敵を欺くための手段に過ぎんのだ。個展を開くのも表向きに、取引相手や政府の役人共と会うためでもある。君たちに長い間、あそこにいられては、そう言った連中の目に留まってしまい、先々、困ったことになる。早々と会長に退いたのも訳がある。皮肉なことに、一歩外に出てみると、社内の様子や他社の様子がかえって良く見える。君も知っていることと思うが、我が社は表向きは海底断層調査活動をしておる。その裏では、私の個人的指揮下で、密かに海底でのレアメタル鉱脈探査と同時に、採掘精錬の技術研究を始めた。レアメタルは、液晶や電子部品の貴重な原材料としてあるものは、もはや、金同等に貴重なモノになっているが、今のところ、採掘現場が限られており、各国がしのぎを削っておるのが現状だ。



島崎はテーブルを回して、神津に料理を勧めながら・・


再び、老酒のお湯割りを一息に飲み込むと、更に話を進めた。


最近になって、私のプロジェクトが中国の国境付近の海底断層で、確かな手応えを感じ出した頃から、中国や国内の五菱製鋼などが探りを入れて来おった。おまけに・・弱腰の外務省や経産省の役人共までが、国際問題に発展するとか、需給のバランスが崩れて値崩れする・・等と余計な心配しだしておる。問題はそれだけではない。鉱脈の規模が、さほど大きくはないのだ。そこで、中国や他社が乗り出して来て、国際問題や過当競争になる前に、採掘してしまいたいのだが、政府に揺さぶりを掛けられた うちの取引銀行は、信用に関わるなどと抜かして、手を引くと言い出した。これには、さすがに私独りの手には余ることでな。銀行筋に、信頼が厚く弱電業者との繋がりが深い、御社の支援があると心強い。勿論、精錬後の品物の取引は御社に一任しよう。本田君に、君をよこしてくれ。と言ったのは、ことを表沙汰にしたくないが故のことだからだ。言っておくが、社内にも反乱分子が潜んでおる、君も聞いてしまった以上は、心して掛からねばならんぞ。


とてつもないことを声を潜めて、一気に話し終えた。


神津にとっては、総毛立つような重要提案事項であった。

何か質問はあるかね。

との問いかけにも・・


ことが大き過ぎますので、私如きが質問すべきことではございません。早速、明朝、本田に申し伝えますが、敢えて、当社をお選び戴いた理由と、採掘の規模と精錬産出予定量ををお聞かせ下さい。

と、答えるのがやっとであった。

 島崎は、海老チリを一口摘んで、老酒をあおってから


うむっ。理由か・・。
まず第一に、御社は銀行筋に信頼が厚い。第二に、我が社とは古い取引ではあるが、着かず離れずの関係で他社に目を付けられにくい。第三に、商社と言うところは、売るだけではなくて買い取るのも仕事だろう、弱電筋と取引がある御社が、こんな儲け話を放っておくとは思うえんのでな。と言うことだろうな、次に、採掘の規模も精錬予定量も試算済みだが・・君は知らん方がいいだろう。話を持ちかけたのは、御社だけだ、君はパイプ役になってくれればよろしい。こちらの連絡役は、美鈴に任せようと思う。社外の者の方が、目立たんだろう。

と提案した。

これには神津も、異存を挟まざるをえなかった。

そのことに関してですが、美鈴さんに異存はありません。しかし、ご主人の脇坂課長は…。

言い淀むと、

君は美鈴の夫を知っておるのか。

はいっ。御社の営業部の有能な切れ者課長として、お名前は存じております。

君の言葉からすると、それだけじゃ有るまい…

島崎は語尾を上げた。


実は・・彼とは、大学時代の同期で、剣道部も同部でした。脇坂の人となりは、十分承知しております。彼の実力は確かなモノですし、カミソリのような切れ味を持っています。しかし、失礼ながら彼の企業人としての器を見ると、自身の欲のためには、御社に不利益なこともしかねない、両刃の剣の危険性を孕んでいると思います。美鈴さんは、その脇坂の奥様です。

神津の言葉に、しばらく目を閉じて腕組みをしていた島崎は、


うむっ。君がそこまで言うのなら、私も腹を割って話そう。私も当初は彼の実力を買っておったし、切れ味の危うさも承知していた。だからこそ、刀の鞘として美鈴を嫁がせたのだ。しかし、美鈴を彼に嫁がせたのは、私の唯一の失敗であった。美鈴は、彼のことは何も言わぬが、私なりに彼のことはすべて調べておるつもりだ。女遊びが災いして子種がないこともな・・、いずれ、彼らは別れさせねばならんだろう。何処まで嘘が通せるかは分からんが、彼には私のプロジェクトは単に偶然見付けた、海底ガス田の、試験採掘と言うことにしてある。後は、美鈴が何処までやれるかだがな。


神津は、脇坂の身体のことを聞いて、一瞬唖然とした。
女遊びが昂じて、まさか、そんな身体になっていようとは・・・。

奥さんの美鈴さんは、何を思っているのだろう…。


そこまでおっしゃるのでしたら、私に異存はありません。


よしっ。後は宜しく頼む。
ところで、君とこうしてゆっくりと話が出来るのは、今宵が最後になるだろう。赤坂に私の知っている店がある。どうだ、行ってみないか、なかなかに面白いぞ。


と意味ありげに、島崎は笑った。。。




神津はたった今、聞いた話の整理も付かぬままに、
社交辞令で

あっ、はぁっ!

と答えてしまっていた。



※この話はフィクションです
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