多少時間が空いてしまったので前回のおさらいから入ります。
前回のタイトルは、「書籍が売れない真因について」でした。
きっかけは政府主催の書店復活の車座会議というのがあって、政府関係者始め、有識者が皆、活字文化の復活にやっきになっているという記事。これに触発され、筆者の見解を述べようと思い立ったわけです。
そもそも書店が潰れる、本が売れないは、ここ30年以上続く長期トレンドであって、今に始まった話ではありません。
そこには、構造的な要因があるわけです。
それを筆者なりに見立てると、本が売れない真因は、①タイパが悪い、②そもそも活字の難易度が高い と分析しました。
でも、本の本質価値が失われたのか?と言うと、そうではないと考えていること。
では、本を復権させるにはどうしたらいいのか?それを次回に示します。
とここまででした。
なので、今回は私なりの回答を解説します。
本の本質価値とは
まずは、話の流れで、本の本質価値から考察してみましょう。
皆さん思う所あるでしょうが、以下、私なりに2つにまとめてみました。
⭐️本は人に深い理解を与え、想像力を刺激する
映像、図、音声など他の伝え方に比べ、本の「言葉が紡ぐ文章」というのは、抽象的ですよね。
だからこそ、反射的理解こそ難しいが、それだけに奥行きがあるとも言えます。
言葉は微妙なニュアンスを伝える力があり、読者により深い理解を与えることができます。
例えば、それは人の内面の思いや感情を伝えるのに適しています。
それに比して、動画、漫画などは、外面的、表層的あることは否めません。
もう一つ、言葉は抽象的であるが故に、想像力を広げることができます。
糸井重里さん作の新潮文庫キャンペーンのコピーに、「想像力と数百円」というのを覚えている方もいるでしょう。
本の価値を示した名コピーだと思います。
総じて言えば、「本は人により深い理解を与え、想像を刺激する」ということです。
⭐️本は学びを加速させる
唐突ですが、学びとは何でしょうか?
このブログでも再三申し上げているように、人間は次を予測したいという本能をもった動物です。
そのために、Why?と疑問を抱き、それを解消し、将来に対処する知恵として昇華していきます。
「これはなぜだろう?」という疑問から始まり、「ああ、こういう理屈だからか!」とその疑問を解決し、
それで終わりではなく、「だったら、これはなぜ?」と次の疑問に移り、またそれを解決しようと試みる。
学びとはこの連鎖と言えるでしょう。
で、本は他の伝達手段と比べ抽象的であり、それは深い理解を促し、かつ想像力を広げると特徴づけました。
逆に言うと、他の伝達手段は、いかにも表層的な認知を与えるにとどまっており、ここが本との最大の違いです。
つまり、難しくはあるけれど、文章を理解できる力を身につけることで、他よりも深い理解をもたらし、なおかつ想像力も広げてくれる。だから多少頑張っても読む。
これは、学びの疑問⇒解決という流れに、より内発的な動機を与えてくれます。
それにより、自らの学びの速度を上げることができるのです。
ここが他の伝達手段との大きな違いです。
本は学びのアクセレレーターと言えますね。
「本はタイパが悪い」は近視眼的発想
さて、本の本質価値を2つに整理しましたが、このように、本には独自の価値があり、AI時代にもその本質価値は生き続けるでしょう。
だからこそ世の識者は、本の絶対的な価値を認めており、読書を勧めるのでしょう。
こう考えると、自分で言っておきながら何ですが、「本はタイパが悪い」はいかにも視野が狭い発想です。
つまり、現代のような情報の洪水社会では、とにかく手っ取り早く、最新情報の取捨選択をして、行動していかなければならない。
だから、ついついタイパのいいコンテンツに飛びついてしまう。
しかし、それは社会を乗り切る表層手段でしかない。
人類の知恵創造のプロセスは、ざっくり言えば、認知⇒理解⇒創造です。
タイパのいいコンテンツというのは、この第1段階の認知レベルでしかないからです。
本はその先を与えることができます。
つまり、現代社会の拙速ニーズが、本の本質価値を見失なわせているのです。
であれば、これを乗り越えることで、本の本質価値が見えてくるはず。
だが、乗り越えるのは、活字の難しさという難易度もあり、なかなかしんどい。
私だって、これだけ本の良さをわかっているのに、本を読む敷居が高い。
ではどうするか?
解決の方向性として、新しいテクノロジーでこの2つの本質価値を見える化して、人々に再発見させたらどうか というのが、私の考え方です。
本の価値の見える化のために
では本の価値を見える化することを、どういう視点でやっていくか、2つに指針化します。
比較させ、文章の奥深さを再認識させる
一つは、「他と比べさせることにより、言葉が紡ぐ文章の奥深さを再認識させること」です。
アマゾン・オーディブルをご存知でしょう。
本文の文章を朗読して本を「聴く」というカタチにした商品です。
実は、私はこれに今、はまっています。
最初はビジネス書から始め、どんなものか疑心暗鬼で聴いていましたが、そのうちに、なかなかいいな!と感じ、ジャンルが、実用だけでなく、小説、歴史と、どんどん広がり、今は、「カラマーゾフの兄弟」という古典作品も聞いています。
はまっている理由の一つは何と言っても、本を読む時の、頁を開く決意に比べ、取り合えずスマホをタップして聴く方が断然敷居が低いことです。
つまり、文章は、読むより聴く方が難易度が低いということです。自分で自ら読みに行くより、読んでくれた方が楽なのです。
また、色々聴いてみて発見したことは、スキマ時間に手軽に聞けることのメリット。人って意外にスキマ時間があるなと再認識しました。特に、散歩時はうってつけです。
一方、不便なこと、もっとよくしてほしいと思うこともいくつかあります。
本読みのあるあるですが、登場人物の確認や、今、自分はどこを読んでるんだっけ?という進度の確認をしたい時に、現行オーディブルではできないことです。
また、ビジネス書では図表が度々出てきますが、これをすぐに見ることができない。
実際、私が『イシューからはじめよ』(安宅和人著)を聴いていた時、豊富なPDFが別添で用意されているのですが、すぐに見たりできませんでしたので大変不便でした。
なので、これがすぐできるようにしてほしいのです。
また、もう一つの発見は、感銘を受けたタイトルに出逢った時、これは聴いただけではもったいない。実際の本で読んでみたい!という衝動が起きることです。
事実、私の場合、ジル・ボルト・テイラー著『Whole Brain』という脳科学者のオーディブルを2回聴いて触発され、今は実際の本も買って読んでいます。
このように、何かしらのコンテンツを本以外の手段で経験、体験すると、本家本元の本を読んでみようという触媒効果があるなと気づきました。
皆さんも、映画や漫画で触発され、原作の本を読んでみようと思った経験はあると思います。
私は、この触媒効果を発揮すれば、本の価値の一端が見えるのではないかと考えました。
ここで新しい本のアイデアです。
「文章の難しさを打破するために、敢えて他の伝え方とセットにする」という考え方です。
優しいものから始めてとっつきやすくする。
映画、マンガから本へ、これは既にあるやり方です。そして私の場合は、オーディオブックから本へ、
他にも、要約から本へ、動画から本へ もあり得るでしょう。
いわば、外堀を固めて本丸に乗り込むイメージです。
つまり、私の考える本は、文字中心のとっつきにくい本に、他の手段で、まずは、きっかけを与えることができる本です。
あるいは、その時の読者のニーズにあった伝え方が瞬時にできる本なのです。
ここで言うセットの概念とは、瞬時に、あるは、ワンクリックで他の手段に移れるという意味です。
これは、現代のIT技術で十分可能なことです。
実例で言うと、『飾りずしの技術、細工ずしの技術』という旭屋出版のプロ用の寿司の本があります。
これは、元々ハードカバーで、中身はレシピと握り方の連続写真と文章で解説するというものです。
私はこれを電子書籍化し、写真の部分を動画制作してリンクを貼り、ワンクリックですぐ見れるようにしました。
こんな感じです。(左頁が文章と写真、右頁が動画)
何人かのお寿司屋さんの卵=ユーザーに見せた所、これは便利と大絶賛でした。
つまり、本と他の伝え方を行ったり来たりすることは十分可能なのです。
ところが、今、提供されているサービスは、それぞれが独立しており、このような行ったり来たりができません。
そこで、一冊の本に他の伝達手段を内包させるというのがアイデアなのです。
もちろん、ビジネスモデルの問題や著作権の問題があることは承知しています。(アマゾンキンドルなどの電子書籍サービスは、本にリンクを貼り、動画に跳ぶことを禁止しています。)
が、逆に言えば、そこをクリアすれば、オールインワンの全く新しい書籍を作ることが可能なのです。
私はこれを、マルチモーダル書籍 と名付けました。
アイデア① マルチモーダル書籍
マルチモーダルとは、AI業界の専門用語ですが、要するに、生成AIは、コトバ(テキスト)だけでなく、視覚、聴覚を利用するなど多様な伝え方を組合せることができ、それによって人はより包括的な理解を可能にするようになるという意味です。
これを私流に解釈し、本に適用すると、これからの本は、原型としては、「テキストで伝える」という体裁を保ちながらも、必要に応じて、音声で伝えたり、動画で伝えたり、あるいは、長くて難しい文章は簡潔な文に要約して伝えたりするようにする ということです。
最初は、聴いて理解、図や写真で理解、動画で理解、要約で理解させることにより、原文を読むことに導く本です。
学びの速度をエンハンスする
さて、もう一つの新しいアイデアは、本のもう一つの本質価値、学びのアクセレレート。ここに着目します。
人間は、何かを知ると新たな興味が沸く、そしてさらに知ろうとする、 そういう本能を持っています。
つまり、学びとは、疑問→解決→さらなる疑問→解決という連鎖です。
本はこの連鎖をつくってくれる効果的なツールです。
そこで、現代のテクノロジーを使って学びの連鎖をさらに加速する という考えを取ってみます。
このブログでは、主に企画行為に対する生成AIの可能性と活用法について述べてきましたが、そもそもAIの利点として、世界の知をわかりやすく要約して伝えてくれるというのがあります。
私も、最近はその使い方を頻繁にしていて、例えば、「SEO対策におけるメタデータについて教えてください」とか、「イスラム教の人気の理由を教えてください」とか、「知性とは何ですか?」とか、その時浮かんだ多種多様な疑問、興味をAIにあれこれ聞いています。
そして、時には気の効いた答えに感心したり、疑問がある時はさらに突っ込んだ質問をしかけたりしています。
こうした行為を通じて感じるのは、自分の疑問をAIに正確に伝えれば、瞬時に自分の期待していたスコープで的確な答えが返ってくることです。
これこそ、生成AI時代ならではの私たちの特権だなと感じます。
私は、本にその機能を付けることで、学習の速度を上げることはできないかと考えました。
そもそも我々が受けてきた教育というのは、学校教育であり、集団教育でした。
集団教育はいい面も多々ありますが、最大の欠点は、個人の習熟度やニーズに合わせて教育できないことです。
それが、AIの登場により、AIがいずれ教師の一部にとって代わるようになると言われています。
そして、そのメリットは、一人ひとりの習熟度た教務に合わせて、AIがカスタマイズして教えてくれることです。
これを本自体に適用するのです。
それは本を対話型にするというアイデアです。
アイデア② 対話型書籍
コンセプトは、「次々に生じる興味に答えることができる本」 です。
これは、特に、教科書、ビジネス書、実用書の類で有効な考え方です。
例えば、教科書で言えば、生成AIを連結させて、生徒や読者が少しでもわからないこと、つまずいてしまったことがあるなら、生成AIに尋ねる機能があり、わかりやすく解説してもらう。
具体的には、文章や章の分からない部分に答えてくれたり、個人的な質問を投げかけて、AIが答えを与えてくれたりすることで、読者の理解が深まったり、読書の満足度を上げてくれるメリットがあります。
家庭教師をやったことがある方は、生徒のわからないポイントを、図示したり、例示したり等、違った切り口での刺激を与えて理解させるということをやった記憶があるでしょう。
このようなことを本ができるようになる。
言ってみれば、一冊の本が家庭教師になるイメージです。
これにより、学習の仕方も大きく変わっていくでしょう。
本は生成型になっていく
以上、2つのアイデアを考えてみましたが、その根っこにあるのは、本の本質価値をエンハンスするために、いかに生成AIを活用するかです。
マルチモーダル書籍は、伝え方の多様化を生成AIを使って具現化する発想です。
対話型書籍は、生成AIの質疑応答機能を使って、学習の速度を上げる発想です。
また、本に生成AIを組み込むことで、読者とのやり取りを繰り返すことにより、AIはどんどんインテリジェント化し、内容の質実が充実していくのが、今までの本との大きな違いです。
つまり、本がどんどん賢くなっていく のです。
私はこれを、『Generative Book』(生成型書籍)と名付けました。
もちろん、ジャンル的には、教科書、実用書、ビジネス書など、学びを主にしたものが中心になりますが、本の本質価値を見える化したものであることには間違いありません。
タイパからクリパへ
最後に「AI時代の泳ぎ方」という本ブログの趣旨から、今回の提案を総括してみたいと思います。
本ブログでは、これからは創造力が武器になるということで、創造力を身につけるスキルを延々と述べてきました。
一方、本の本質価値として、
1)本は深い理解をもたらし、想像力を刺激する
2)疑問⇒答えの連鎖、学びを加速してくれる
そして前述したように、人類の知恵創造のプロセスは、
【認知⇒理解⇒創造】です。
タイパのいいコンテンツというのは、この第1段階の認知レベルでしかない。本は、その先を与えてくれると考察しました。
つまり、本の本質的価値として、それは創造力を養うことにつながるものと私は考えます。
ちなみに想像力と創造力は違います。
※想像力は、頭の中で架空のイメージや物事を思い浮かべる力
※創造力は、想像したアイデアや物事を実際にカタチにする力
タイパが時代のキーワードとして取り上げられていますが、私は、その先の創造力=クリエイティブ・パフォーマンス、略して、クリパの方がもっと大切なのではないかと思います。
そして、本の本質価値は、創造力を養うものとし、AIを使えば、この価値をエンハンスできるとしました。
つまり、本は最高にクリパの良いツールなのです。
こう捉えれば、本はAI時代に欠かせない知的道具になるでしょう。
以上、長々とした文章を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回は、本が生成型になると何が起こるのかについて考察してみたいと思います。