旅行の帰り道、楽しく過ごせたと思う。
それなのに車内の空気が重く感じた。
莉子があまり喋らない。
話せば返してはくるが、今朝までと何か違う。
窓の外の景色だけが流れていった。
莉子はスマホを見て、閉じて、また見た。
ラジオの音だけが、会話の代わりみたいに鳴っていた。
あと一時間ぐらいで到着するというところで、莉子が口を開いた。
「私たちってどういう関係?」
真面目な声だった。
「どういう、って」
「連絡して、会って、楽しく過ごす。旅行も行った。でもそれだけじゃん」
違う、とは言えなかった。
その通りだったから。
「それは……」
「好きなの?」
少し間があった。
「私のこと好きなのって聞いてる」
好きかどうかを測る道具が、僕にはなかった。
楽しい、は言える。
安心する、も言える。
でも好き、になると途端に、言葉が借り物になる気がした。
「好きだと思う」
莉子の声が変わった。
「思う、って何」
「……」
「思う、ってどういうこと。思う、って」
声が少し高くなっていた。
笑っていなかった。
莉子が笑っていないのを、初めて見た気がした。
僕は告白なんてしていない。
必要を感じていなかった。
でも莉子を見て、何かが動いた。
喉が乾いて、唾がうまく飲み込めなかった。
言葉が出る前に、胸の奥が先に押した。 台本を探す時間が、もうなかった。
「彼女になってほしい。もっと一緒にいたい」
莉子の目に、涙が浮かんだ。
「……なんで泣くんだよ」
「なんでって」
莉子が笑った。泣きながら笑っていた。
「よかった、って思ったから」
莉子の手が、僕の手に重なった。
温かかった。
帰り道、一人になってから、さっきの言葉を何度も確認した。
彼女になって欲しい、と言った。
その場の空気に動かされた。
莉子の涙を止めたかった。
それはきっと本心だ。
でも本心の形を、僕はまだ知らない。
そう言い聞かせた。
家に帰って、莉子からのメッセージに気づいた。
次に行きたい場所のこと、今日のこと、短い文章が続いていた。
返そうとして、止まった。
送信ボタンを見て、指が止まった。
文章を打って、消した。
あとで返そうと考え何も送らないまま、次の日の昼まで忘れていた。
その夜、久しぶりにバーへ向かった。
ドアを開けた瞬間、音が少なかった。
いつもの席が空いているのが見えて、胃が沈んだ。
カウンターに座ってから、やっと呼吸を思い出した。
「今日はお見えになっていませんよ」
僕はこんなにも話したかったのか、と愕然とした。