多くの人は、少しずつ演じて生きています。
優しさ、誠実さ、そして強さ、あるいは弱さを。
ほとんどの方は別に騙そうとしている訳ではないでしょう。
社会の中で、「関係を健全に保つための考え」だと思います。
それを必要とすることは問題とは思いません、わかってやっていれば。
問題があるとすれば、
いつのまにか、その演じている方が「本当の自分」になってしまうこと。
違うのに・・・
気づかないうちに、周りが思っている「あなた」を演じている。
優しい人、明るい人、わかってくれる人。
もちろん悪気がある訳じゃない。
ただ、壊したくない関係があるだけ。
でも、会話の途中で本音を言えないことに気づく。
それは、他人の脚本を生きすぎたサインかもしれない。
演じる。
演じているのに……誰も、気づかない。
誰も、拍手しない。
上手に演じる人ほど、
誰にも気づかれない。
だからこそ、誰にも助けを求められない。
あなたが常に「優しい人」を続けているとすれば、
なぜでしょうか?
怒ると
本音を出すと
誰かが離れてしまうと考えているからではないですか。
あなたが「強くあろう」とするのは、
崩れたとき、支えてくれる人がいないと思っているからではないですか。
でもそれは本当でしょうか。
「演じていない私」であっても離れていかない人、
その人は支えてくれる人だと思います。
その人を支えたいと思える人だとも思います。
演じるのが上手くなった人ほど、孤独になる不思議。
演じてもいい。
演じなければ保てない関係もあるでしょう。
ただ、そこを無自覚に演じていれば、誰かの物語を生きることになる。
普段の日常では、台詞がいるとは思えません。
台詞がいらない生活、本当はそれが当たり前ですよね。