正義の味方に慣れすぎた

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コラム
悪を倒す者がいれば、世界は安心。

昔の物語でも、映画やドラマの中でも繰り返しやっている。

勧善懲悪のお話。



誰かが悪を見つけ、

誰かがそれを罰し、

誰かが正しさを証明してくれる。



物語の中で救われた気がするのはいいとして、

現実にそれを待ってしまうのはどうでしょうか。







水戸黄門、ヒーロー、刑事ドラマ。

いつでも、正義の味方が現れて世界を整えてくれる。

悪がやられるたびに、胸がすく思いがしませんでしたか。



ひとつ学んだと感じるのは、ヒーローの世直しを期待させられたこと。





誰かが何とかしてくれる。

この人なら何とかしてくれる。



物語であればギリギリのところで救世主が来てくれる。



でも実際の現実ではあなたが動かなければ、何も変わらない。



怒らないのは、誰かが代わりに怒ってくれると信じているから。

動かないのは、誰かが代わりに動いてくれると期待しているから。



それは、依存です。





正義を信じて誰かを待つのも自由です。



でもヒーローがいない世界で、自分が主人公の物語を生き始める。

その方が楽しそうじゃないですか。

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A Iで合成したんですが、ひどすぎました。

まぁ面白いと感じたのでそのまま使います。



子供の頃、宇宙刑事ギャバンが好きでした。

あらすじの記憶はまったくありませんが、何か刷り込まれているかもしれませんね。
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