外の世界が壊れたように見えるとき、
実際に壊れているのは、内側の秩序です。
有名人が亡くなったとき、
深く悲しむ人もいれば、それほどでもない人もいる。
同じ出来事なのに、感じ方はまるで違う。
悲しみの原因は、外にはありません。
外の世界ではなく、自分の中の世界が揺らいでいるだけです。
絶望とは、「世界が壊れること」ではない。
自分の中の世界の構造が壊れたことです。
予定していた未来が来ない。
信じていた通りに機能しない。
思い通りにいかなかった現実を前に、
自分の支配が無力だと突きつけられる。
その瞬間が絶望です。
絶望とは、コントロール欲求の破綻。
「どうにかできるはずだ」と信じていたい。
「自分の手で動かせる」と思いたい。
その欲求が砕けるとき、人は限界に出会う。
その欲求は、痛みを避けようとするひとつの姿です。
問題があるとすれば、
この欲求を外側に投影してしまうこと。
誰かを変えようとする。
世界を正そうとする。
思い通りにならない現実に腹を立てる。
でも、それは外ではなく、
「コントロールの欲求」が外にあふれているだけなのです。
そこに気づければ無理に抑え込む必要はありません。
そのエネルギーを、観察してみる。
「なぜ、動かしたいのか」
「何を、変えたいのか」
そんなことを続けてみるだけでも、支配は理解へと変わります。
絶望を通して見えるのは、
どうにもできない世界ではなく、
どうにかしたい私
その私がいるだけ。
絶望から観える私の世界。
そこから新しい秩序が生まれ始めます。