「やりたいことが、わからない」──
そう感じる瞬間は、静かであっても、どこか心に影を落とします。
若い頃には見えていた未来が、ふとした瞬間にぼやけてしまったり、
これまで走ってきた道が、実は目的地ではなかったと気づいたり。
でも、それは間違ったわけではありません。
むしろ、人生と真剣に向き合っているからこそ起きる、
誠実な揺らぎです。
これまで背負ってきたものが重すぎて、
視界が曇ってしまうこともある。
社会での役割、家族への責任、肩書き、年齢──
たくさんの「ねばならない」の中で、
「本当は何を望んでいるのか」
という声が小さくなるのは、自然なことです。
だからこそ、もし今「わからない」と感じているなら、
無理のない範囲で、ひとつの小さな試みをしてみてほしいのです。
できる範囲で人に親切にすること。
人の嫌がることはしないこと。
そして、嘘をつかないこと。
たとえば、
朝の通勤電車で席を譲る。
レジで「ありがとう」と伝える。
部下の話を、結論を急がずに最後まで聴く。
それだけのことで、何かが劇的に変わるわけではありません。
それでも、目の前の小さな選択は、静かにあなた自身の流れを変えていきます。
それは、見えなかった「やりたいこと」ではなく、
“私はどうありたいか”という問いへの扉を、少しずつ開いてくれるのです。
何かを成し遂げて証明する生き方も素晴らしい。
でも、「私はどう在るか」を軸に生きることもまた、誇りある選択です。
自分を思いやること。
そして、その自分が、誰かを思いやること。
これは、きれいごとや道徳の話ではありません。
人生を切り開く話です。
いつか、すべてが明確になる日が来るとは限らない。
けれど、それでもいい。
わからないままに、生きるという選択がある。
そこから始まる人生もまた、深く、尊いと思います。