正論では救えない

記事
IT・テクノロジー
正しさはナイフのように



どこまでも透き通っている



けれどその刃は

疲れた心に触れると

痛みを置き土産にしてしまうことがある



正しさで目の前にいるあの人の涙を

見なかったことにはできない



詩人デビューです(笑)三流ですね



今回はスピリチュアル編



理論が真実でも、心がついてこなければ

ただの屁理屈になってしまうというお話

渡れない橋ですね



結局、人間なんで真実を知ることより

いま、そばにある温もりを感じることのほうが、

ずっと大切だったりします



正しさの中に

優しさがなければ

それはただの冷たい風



正しさが人を救うのなら、

それは本気で手を差し伸べるためであれば、

救われるのかも・・・です



よくスピリチュアルの世界で、「他人なんていない。すべては一つだ」

なんて言いますよね、いわゆるワンネス



たしかに、それは真実です

でも、いざ目の前に悩める人がいるときに、

その言葉はどれだけ役に立つでしょうか?



たとえば、誰かに意地悪をされたときに、

「これは実は自分なんだ。ワンネスなんだ」って無理に思い込もうとしても、

心がついてこない、むしろ余計に拗らせてしまいます。





この現実の世界では、目の前に「他人」がいるように見えるし、

関わり合いながら生きていくことが必要です

「実はいないんだ」って言っても良いですけど、

「一緒にいる人達と、どうやって心地よく過ごしていくか」のほうが大事



知識は素晴らしいです



それを使って

正しさより、楽しさを

真実より、優しさを



詩人にはなれそうにありませんね
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら