余白という、呼吸

記事
デザイン・イラスト
デザインについて語るとき、私がいつも立ち返るのは、「余白」という言葉です。
それは、単なる空白ではなく呼吸であり、静けさであり、立ち帰る場所。
日本ならではの美意識を語るとき、「侘び寂び」と同じように、「」と「余白」という言葉も欠かせないものです。「」は、主に演劇や音楽、対人関係の中で意識されるもので、「余白」は美術やデザインなどの平面的なものにおいて、頻繁に用いられてきました。

B4B24DB1-FC5D-4368-87D8-F61461115725.jpeg

私がこの「余白」という感覚に初めて触れたのは、スティーブ・ジョブズとAppleの影響だったと思います。彼の製品に込められた思想 それは、日本の禅に通じるものでした。
ちなみに、私もジョブズと同じ2月24日生まれです。ナイキの創業者フィル・ナイトもまた、同じ日に生まれました。シンパシーを感じずにはいられません。
9A46C148-D9A1-416D-94F1-0ABD2364675D_Original.jpeg

「余白」という意識には、仏教の「」や「」という概念との繋がりがあります。
キリスト教では、「無」とは「有」の対義語で、何も無いことを意味します。でも、仏教では、何もないことは豊饒であり、実は多くのものが含まれていると考えます。
これは、「間」や「余白」というものに、何らかの意味を見出すことにも通じています。
例えば、花を生けるという行為。西洋文化では、花そのものをいかに美しく表現するかに重きが置かれますが、日本の生け花では、一輪の花であっても、その空間に溶け込んでいれば美しいと感じることができます。
何か足りない部分があってこそ、美しさが際立つ これは、日本や東洋ならではの独特な捉え方です。
デザインにおいて、「余白」は、どう現れるか。
それは、行間であり、文脈であり つまり、感じるもの。
余白を意識しないデザインと、余白を意識したデザイン。何が違うのか。
静けさが、違うのです。

6A39C91D-C8FB-4154-85C9-4A6358D6A867.jpeg

私には、座右の銘があります。
山水の美しさは庭の中にあるのではなく、それを感じる人の心の中にある」
この言葉は、誰かから借りたものです。でも、私の中に、すっと入ってきました。
デザインとは、情報を詰め込むことではなく、空間を生み出すこと。
見る人の呼吸を妨げず、感じる余地を残しておくこと。
私は、自然体を尊びますTao(タオ)。
「余白の美」は、デザインだけでなく、私の生き方にも現れています。
すべては、呼吸であり、周波数であり、エネルギー。
余白とは、呼吸に立ち帰ること。
そして、その静けさの中で、初めて、何かが生まれる。
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら