前回は「守破離」の「守」の話でした。「守」ばかりではなく、「破」って「離」れることもできなければだめです。決まったことさえやっていれば楽だし、余分な責任を負わずに済むという消極的な生き方にも通じます。すでに“信頼=結果>期待”という話をしましたが、「守」の中で動いているうちは結果が期待を大きく上回ることはありませんので信頼も得られません。
何より基本が身に付いたところで「破」に向かって変化を起こすことは成長には不可欠です。どうしたらより良くなるか、より効率を上げるにはどうするか。ヒントは身の回りにもあるはずです。
さらに、もしあなたが物事を極めたり、独立起業まで考えるのであれば「離」を目指さなくては勝負にならないでしょう。自分の得意分野を誰にも負けないレベルにまで高める。それが「離」です。
前回述べたように「守破離」の順番は大切ですが、くれぐれも若いうちから守りに入り過ぎて成長の可能性をつぶさないようにしましょう。
(雑談ネタ)
YouTube講演家の鴨頭嘉仁さんが使っている考え方を借用して補足説明をします。仕事の段階を4段階に分けます。
1.無意識・無能 考えもせず、当然仕事もできない段階です。
2.有意識・無能 考えながらやるけどもまだうまくできない段階です。
3.有意識・有能 考えながらやればできる段階です。
4.無意識・有能 考えなくてもできる段階です。
これに守破離を私なりに当てはめると、
3.有意識・有能 =守
4.無意識・有能 =破
離はその上です。
考えながらきっちりやっているのが「守」であるのなら、それは有意識・有能の段階です。考えなくてもできる状態である無意識・有能は「破」です。あまり考えなくても人並みの仕事ができるようになったのであれば、創意工夫を凝らして仕事のレベルを上げていくべきです。もっと正確にできる方法はないか?もっと早く効率的にできる方法はないか?もっと質の高い仕事にする方法はないか?そういうことを考えて次の向かっていくべき段階と言えます。
恐れずに、上のレベルの有意識・無能に進みましょう。
(雑談ネタ2)
無意識・有能に至れば仕事はきっと楽になります。しかしそれが最上の状態であるとは限りません。
だいぶ前に失敗についての説明で話したことを思い出してください。失敗には3種類あると話しました。ひとつめは未熟によるもの。2つめは手順やルールの誤りによるもの。これは外的な環境が変化したことによってルールが陳腐化することよっても起きることをここで付け加えておきます。そしてここでポイントになるのは3つめの慢心による失敗です。これはまさにこの無意識・有能な人が陥る失敗なのです。
ところで、「離」は武道でいう達人の域。無意識・有能なだけでは「離」とは言えません。なぜなら「離」には慢心による失敗すら無い境地だからです。そこに到達することは並大抵のことではありません。ただ、YouTube講演家鴨頭嘉人さんの言葉をさらに借りるならば、成長を目指して有意識・無能と有意識・有能を行ったり来たりするのが人間であり、その努力する姿は美しいものです。
「離」は理想の姿の一つですが、私達は「守」と「破」、有意識・無能と有意識・有能を行ったり来たりしながら成長を続けましょう。
(追記)
「繰り返し行なわれることが我々の本質である。さすれば卓越するということは行動ではなく、習慣に現れるものである」 アリストテレス(哲学者)
新人研修の中で「守破離」の話をします。簡単に言えばまずは基本を守り、その次に型を破り、そしてそこから離脱して達人の息に達する。換言すれば最初は基本が大切で、それなくして応用も我流もないという話です。
何事もそうですが、地道に繰り返し練習、実践を繰り返して基本を身につける中で上達をします。また逆に繰り返す価値を感じないことは反復練習する情熱は冷め、途絶えます。そこに本質は無いと言えます。
何か技術を身につけ自らの価値を高めようとするとき、最初のうちは何をどうしたら良いかを頭で考えながら行います。そして反復していくうちに、考えなくても自然とできるようになります。最初はできなかったものが習慣化されれば考えなくてもできるように変わります。アリストテレスはそこに卓越が現れると言ったわけですね。
YouTube講演家の鴨頭嘉人さんが言うところの熟度の段階には、①無意識無能→②有意識無能→③有意識有能→④無意識有能の4つがあります。①から③へと進もうとする過程で、価値のあるものが繰り返され、そこに本質が見出されます。さらに行動し続けることで習慣化し、卓越したものが完成する。そんなふうな理解もできると思います。