「やめて」が言えなかった私―すべてを受け止めるしかなかった子ども時代と、いまの私へ

「やめて」が言えなかった私―すべてを受け止めるしかなかった子ども時代と、いまの私へ

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妹は、虐待されていたときに「やめてよ」と言っていた。
親に仕返ししたり、嫌なことは嫌だと声に出していた。
でも私は、それができなかった。

拒否する、という選択肢が、私にはなかった。
それをすればもっと怒られる。もっとひどい目にあう。
だから私は、何も言わず、ただすべてを受け止めていた。

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すべてを受け止める“役”を、生きのびるために引き受けていた

本当は痛かった。
怖かった。
やめてほしかった。
逃げたかった。

でも、言えなかった。

怒鳴られても
叩かれても
無視されても
蹴られても
「やめて」と言うより先に、我慢するほうを選んでいた。

それは、自分の命を守るための唯一の方法だった。

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大人になっても、「やめて」と言えない

大人になって、安全な場所にいるはずなのに――
今でも、身体は「やめて」と言えない。
ワーク中にすら、「やめて」「触らないで」と言葉にするのが怖かった。

その言葉を口にするだけで、
胸がギュッと締めつけられて、身体が凍るような恐怖が走った。

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「やめて」と言うことは、母親を拒絶すること――そして、傷つけてしまうこと

言いたいのに言えない。
それは、「やめて」と言うことが、
母親を拒絶することとイコールだったから。

「そんなこと言ったら、お母さんが傷つく」
「私は、母を傷つけたくない」
「私が悪い子だから、怒られたんだ」
「だから私さえ黙っていればいい」

虐待されていたのに、私はずっと母を守っていた。
拒絶するどころか、母の痛みや怒りまで、自分が引き受けていた。

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なぜ虐待されていたのに、母を守るのか

それは、
母親が私にとって唯一の「世界」だったから。

愛してほしかった。
大切にされたかった。
嫌われたくなかった。
見捨てられたくなかった。

どんなに苦しくても、「お母さんがいなくなったら私は生きていけない」と信じていた。
だから、自分を守ることよりも、母を守ることを優先してしまった。

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「やめて」と言えるようになるためのワーク

この声に触れたとき、
私が最初に必要だったのは、“反撃”ではなく、“許可”だった。

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◆ ステップ1:まずは心の中で、小さな私に出会う

目を閉じて、当時の“何も言えなかった小さな私”を思い浮かべる。
その子は、どんな表情? どんな身体の姿勢?
声をかけてあげる。

「ずっと我慢してきたんだよね」
「怖くて何も言えなかったの、ちゃんとわかってるよ」
「あなたは間違ってなかった。よく生きのびてくれたね」

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◆ ステップ2:「やめて」を言う練習(心の中からでもOK)

声に出さなくていい。心の中でもいい。
でも、“やめて”という言葉を、自分に許すことから始める。

「やめて」
「触らないで」
「私は嫌だって言っていい」

最初は怖くて当然。涙が出ても、震えても、声にならなくてもいい。
それでも、「その言葉を持ってよかったんだ」と何度も伝える。

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◆ ステップ3:境界線を取り戻すイメージ

目を閉じて、自分の周囲にやさしい光やバリアをイメージする。

「ここから先は、私の領域」
「誰にも入ってこさせなくていい」
「私は、私の感情と身体を守っていい」

繰り返すことで、身体が“ここは安全”と少しずつ思い出していく。

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私は、「やめて」と言ってよかった存在だった

あのとき言えなかった「やめて」は、
私が生きるために、封じた言葉だった。

でも今は違う。

「私は、やめてって言ってよかった」
「私は、自分の境界線を持ってよかった」
「私は、もう“受け止める役”をやらなくていい」

この言葉を、少しずつ身体に届けていくことで、
私はようやく、「自分の命を自分の側に戻していく」ことができる。

それが、
私にとっての“回復”の一歩。

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次回は、
「人の中に自分じゃないものが入ってくる感じがして怖い」
「テレビの音すらしんどいほどの感覚過敏」
「バウンダリー(境界線)が育たなかった理由と、取り戻す道」
について、より深く丁寧にたどっていきます。

「私の中に戻ってきていい」と思える時間が、
ここから少しずつ広がっていきますように。
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