(めっちゃいいたとえ思いついた!自画自賛ww)
自尊心という言葉の意味は、国語辞典で調べると
なんか良くないものみたいに書いてあることがある。
「自尊」と「傲慢」を混同しているんです。
自尊が傲慢と同じなら、
お釈迦さまが生まれてすぐに言ったという
「天上天下唯我独尊」なんて、
とんでもない大炎上発言ですよ?!
ライオンのスピリットが象徴するのは
サイコパスのプライドやナルシシストの自己愛ではなく
あくまでも“健全な”自尊心です。
それは自己受容・自己肯定であり、
自分を大切に扱う気持ちや態度のこと。
そこには、攻撃性がひとつもありません。
他人を傷つける傲慢さとは、まったく波動が違います!
エンパス関連の第一人者のひとりで
臨死体験者としても知られる
アニータ・ムアジャーニさんは
ソーシャルメディアや著作の中で
エンパスが自尊心をもつことの大切さを
たびたび話されています。
なぜなら、健全な自尊心をもつことは
健全な境界線を引くことに直結しているからです。
わたしが思うに、
エンパスであろうとなかろうと
健全な自尊心を維持できてる人って
そんな中で、エンパスは
身近にいる人たちの自尊心の低さ(自己否定感、無力感)を
自分のものとして引き受けてきた部分がかなり大きいと思うんですね。
エンパスはもともと寛大ですからね。
だからこそ、そうやって他者の自己卑下を
どんどこ受け入れてきたわけです。
そしたら当然、エンパスの自尊心は低下しますよね。
で、その「自尊心が低い」という周波数が
自尊心を低下させる人や状況を引き寄せる・・・
という悪循環をつくってしまうんですね。
寛大さはエンパスが本質的に備えている能力なんだけど、
それを発揮・表現するために自分がボロボロになるのなら
それはもう「寛大にもほどがある!」てなもんで、
言い換えれば「境界線がなさすぎる!」ってこと。
これは健全な状態ではございません。
ライオンのスピリットの寛大さもまた
“健全な”寛大さなんです。
他人をシャットアウトする排他的な境界線や
侵攻/防御するための境界線ではなくて
自分も相手もお互いに尊重し合うために
あってしかるべき境界線なんです。