フルートからAIまで:本質と目的を誰が決められるのか?
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・誰が「物事の本質」を決められるのでしょうか。アリストテレス時代だとフルートの目的は「うまく演奏されること」現代では?→同じ?もしくは「楽しい音楽で人間を癒す・喜ばせるため」?
銃は?→「うまく扱われるため?」「人を攻撃するため?」戦争は?→「欲しいもの(権力、金など)を手に入れるため?」結婚は?→「繁殖のため?」「社会安定のため?」人間は?→「それぞれの個性や特性が最大限に発揮されるため?」「人生の喜びを見つけるため?」(アリストテレスさん:理性と徳の追求により、個々がその本質を実現し、共に善き共同体を築くことが理想とされる。)包丁は?→「うまく使われるため?うまく野菜をカットするため?」地球は?→「うまく各生態系がバランスよく維持され、各生物の食物連鎖、循環が滞りなく進むこと?けど氷河期とか恐竜の絶滅などはどう説明する?」「AIは?」→「うまく使われるため?複雑な計算や煩雑な作業を引き受け簡略し、瞬時に最適化された解を弾き出すこと?」泣く赤ん坊は?→「泣くことで何らかの危機を発信し、必要なケアや愛情を受けること?」「ダンスは?」→「目的なんてない?踊ること自体が楽しいし、喜びをもたらしたり、人間の団結や交流を助けるとしたら、それで十分ではないか?」