教師時代の体験談 ~達也くん~

記事
コラム
小学校3年生の達也くん(偽名)のお話です。
彼は、グレーなところの発達障害(自閉傾向)で、学習の遅れが全くなく、むしろ勉強はできる方でした。

だけど、生活行動はまるで赤ちゃんみたいで。
整理整頓ができないので、落とし物だらけ。机の横に、達也くん入れの紙袋をつけ、達也くんの落とし物はそこに入れるようにみんなに言いました。
運動会の練習の時は、ハチマキを教室に忘れ、大パニックです。予定が少しでも狂うと、彼は不安で落ち着かないので、ハチマキを取りに、手を繋いで教室に戻ります。

給食の時は、机も床も、どんな猛獣が食べ散らかしたの?っていうぐらい食べかすだらけ。
面倒見のいい女の子がいつも綺麗にしてくれましたが、これを許されるのは3年生ギリギリかな。と、学年主任や、1.2年生の時の担任の先生とも相談して、お母さんに電話をしました。

もちろん、子どもやお母さんときちんと信頼関係を築くことのできた、2学期の中頃だったと思います。
「咀嚼や嚥下に問題があるかもしれないから、一度お医者さんに診てもらってはいかがでしょうか?」
ということを提案しました。年齢が小さいほど、治療の効果があります。むしろ、その年齢を越すとできない治療もあるのです。
すると、お母さんが、電話の奥で泣き始めたのです。
「うちの子は、他の子とは違うのでしょうか?
幼稚園の時も、1年生の先生も、2年生の先生も、同じことを言いました。先生だけは違うと思ったのに。うちの子のいいところをたくさん見つけてくれたのに。」
母親って、自分の子供が他の子より遅れてるって、さらに障害があるとしたら、絶対一生認めたくないものなんですよね。
私にはその配慮が足りませんでした。

ただ、それをその子の個性として認めてあげることができるなら、私たちは支援をすることができます。医療機関や特別支援教育などと連携することができます。
お母さんが受け入れてくれなかったら、支援をすることさえできません。

そんなこんなで、彼のいいところは認めて褒めながら、お母さんとの何気ない会話もできるだけするように心がけ、1年が終わりました。

あれから10年です。
彼は、毎年年賀状をくれました。
少し前の年賀状で、
「僕はKO大学に合格しました。」
とありました。
とても嬉しかったです。
彼は、彼の得意な分野を伸ばしてきたのでしょう。お勉強もがんばったのでしょう。
今は、発達障害があっても、有名大学に入学できる時代です。
根気強い彼が、今後の日本を支えていってくれるんだなって、思うと、とても頼もしいです。

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