『読書講座で生徒さんといっしょに読んだ本のうち、とくに感銘を受けたものを紹介します。』
※読後感を書いたためネタバレを含みます。未読の方はご注意ください。※
『くちびるに歌を』(小学館)は、中田永一氏による長編小説です。
長崎県の五島列島の中学生たちとシンガーソングライターのアンジェラ・アキさんの交流を描いたTVドキュメンタリーをもとに小説化した作品。
ストーリーもまさに五島列島のとある中学校の合唱部を中心に進んでいきます。
以前このコラムで紹介した『ソノリティ』とテーマは似ていますが、描き方はかなり違っています。
章分けなどせず視点人物がしれっと変わるので、最初は少し読みづらく感じるかもしれません。
1人は自閉症の兄を持つ、自称"ぼっち上級者"の桑原サトル。
もう1人は、愛人と蒸発した父のせいで中学生にして筋金入りに男嫌いの仲村ナズナ。
母親がガン闘病中にほかの女性とうつつを抜かしていたわけですから、その憎悪たるやすさまじいものです。
ちなみにこの父親ははっきりと"救いようのない人物"として描かれており、作者のその潔い書きっぷりには感服しました。
合唱コンクールでの地区予選突破を目指し、女子と男子がいがみ合いつつ、やがて歩み寄り目標に向かって1つになる姿が描かれます。
産休中の松山ハルコ先生の代役として、東京から赴任してきた柏木ユリ先生が合唱部を率いますが、彼女は男子生徒がこぞって憧れる美貌の持ち主。
映画では女優の新垣結衣さんが演じたようで、本を読んだ子に聞いたところ、「原作とちょっとイメージが違った」そう(笑)。
思春期の淡い恋模様がさりげなく織り込まれ、280ページ以上のボリュームを感じさせない緊密な構成が素晴らしかったですね。
さまざまに張り巡らされた伏線もすべて見事に回収され、エンターテインメント性も十分。
文学的な香りのする格調高い伏線の最たるものは、サトルのお兄さんとまだ年端もゆかぬ子どもだった頃のナズナとの偶然の出会いですね。
最高の見せ場の1つなので詳細は省きますが、会話も難しい自閉症のお兄さんが、極めて重要なメッセージの伝え手になる展開には思わず涙が…。
残酷なリアリズムからも目を背けることなく、まっとうな現実を飾らずに描いているのに、この美しさ、輝き、深い情動のうねりは一体何なのでしょう。
泣かせるくだりも随所にちりばめられているので、清涼なカタルシスを味わいたい大人の方にもめちゃくちゃおすすめです!