漂流記②

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コラム
イカとり船だ。イカ漁の真っ最中だ。イカの集魚灯を煌々と照らして波間に揺れている。この集魚灯は人工衛星からも分かる程の明るさだ。
多分200tクラスの大きさだ。長さが約50メートル位ある。
甲板では数十人の甲板員がヘルメットを被り雨合羽を着て、忙しそうに動き回り仕事をしている様子がはっきりと見えた。
甲板の上はまるで昼間のような明るさだ。
そして甲板の上に取り付けられたスピーカーから作業の指示が大きな声で聞こえている。
漆黒の闇の中に眩しいばかりの存在が目の前に展開された。
彼の気持ちは急激に高揚した。助けてもらおう、これで助かるかもしれない。イヤ絶対に 助けてもらうのだ。
一番、距離が近づいた時に声を上げて発見してもらうのだ。
しかし、そのチャンスは一度きりだ。そのチャンスを逃すと生存の可能性は消えるだろう。
彼は目測で今だと判断した。
あらん限りの声でイカとり船に向かって、おおーいいーー!たすけてくれーー!と何度も叫んだ。しかしイカとり船の甲板員達に声は届かなかった。
甲板上は戦場のような忙しさだ。スピーカーからは間断なく大音量で指示の声が放たれているのだ。それに彼が一番近づいた距離と思っても、海では目の前に見えても簡単に100メートル以上の距離は有る。
そんな遠くから一人の人間が生の声で叫んでも全く聞こえないだろう。
それに彼はもう疲労の極限に近づいていた。ずっと海に振り落とされないように揺れる小舟に力いっぱい掴まっていたからだ。
どんなに声を張り上げてもイカとり船は彼に気付く事は無かった。
ただ、むなしくイカとり船と彼のボートの距離は急速に離れて行った。
遠ざかるイカとり船の光を彼は見つめながら、飛び込んでイカとり船まで泳いで行きたい衝動に駆られた。しかし、この荒れている波に飛び込んでも1メートルも進まない内に溺死してしまうだろう。それに、そんな体力など全く残って居なかった。さっき叫んだだけで相当の体力を消耗してしまった。
彼は、揺れるボートの船底へ、濡れ雑巾のように力なく横たわってしまった。
霧雨は相変わらず降り続き彼の体を芯まで濡らしていた。
彼は、そのまま気を失った。

彼は、極端な喉の渇きで目が醒めた。太陽は水平線から昇っていた。
頭は割れるように痛い、体が鉛のように重たい力が入らない、喉が渇いて死にそうだ。
極度の脱水状態になったようだ。波は夕べより穏やかになっていた。
しかし、今はこの7月の灼熱の太陽が彼を容赦なく照り付ける。
小さなボートだ。太陽の光を遮る物は何もない。ジカに彼の体に直射する。
熱い灼熱地獄の中で彼は周りを見渡した。360度海原が広がっている。島影は一つも見えない。空には太陽がギラギラと輝いている。
熱中症の症状だろうか意識が朦朧としてきた。
やがて彼は其のまま、完全に気を失ってしまった。
ボートは風任せに流されているだけだった。







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