自覚③

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コラム

さて、今回は、自覚②の続きです。

自覚②の最後に「知恵と智慧」を表現しました。

「智慧を見失っている」と書き綴ったのですが、「知恵」でなく「智慧」という表現を使っている理由を少し書いてみたいと思います。

私は、「知恵」は、知識の恵みという感覚で使っています。

これは、知識を習得(勉強などで)することで蓄えたものと定義しています。
これに対して「智慧」は、本能的なものという感覚です。

知識を習得して得るものでなく、初めから知っているものと定義しています。
これは、あくまで私個人が定義しているものなので、辞典に書かれている意味とは違うかもしれません。

が、私の定義で読み進めてください。(笑)

鳥が空を飛ぶのに知識は必要ないですよね。
本能で飛ぶようになりますよね。

鳥が鳥らしく空を飛ぶのに「知恵」は必要ありません。
「智慧」があるから、鳥らしくあるがままに飛べると私は感じています。

もし、鳥が「智慧」を見失っていたらどうなるでしょうか?
果たして、空を飛べることが出来るでしょうか?

私は、飛ぶことはないと思います。

あまり、人以外の動物で話しをすると、逸れて行ってしまうので人に戻します。(笑)

初めから知っている(智慧)から、自分の口から最善の答えが表現されるわけですが、初めから知っている(智慧)ことを見失っていると、最善の答えを最善の答えと気付くことは出来ません。

メガネだと知っているのにメガネだと知っていることを見失っている場合、メガネをメガネだとわかるでしょうか?(笑)

少し、ややこしい表現で、すみません。(苦笑)

わかるような、わからないような話が続いて申し訳ないのですが、まだ続きます。(笑)

次回に。

かゎら


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